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 無事勝つことができ、ダービーは約束通りわたしたちをDIOの館に案内することを了承した。しかし今日のところはとりあえずホテルに一泊することになった。本当ならば一刻も早く、という場面なのだけれど、ラスボスを前に魂を剥がされたり戻されたり、精神的に疲れているということで休むことになったのだ。さすがに舐めてかかれる相手ではない。それに何より、もうすぐ夕方にもなろうとしていた。吸血鬼相手にわざわざ夜に決戦を挑むなんて、自殺行為も甚だしい。
 明日、館に向かうと言われた。花京院が未だ戻ってきていないのにも関わらず、一日早いのにも関わらず、ホル・ホースたちが襲ってきていないというのに、館に着いてしまったらどうなるのだろうか。ダービーが案内してくれると、何が変わるのだろうか。原作を崩したいのに、崩れていくことがたまらなく不安だった。あんなにも原作を捨て去りたいと望んだのはどこのどいつだと悪態をついてやりたいのに、そんなことも出来そうにないほど。
 やはりどう足掻いたとしても明確なルートを辿ってこれたからこそ、わたしは参加していられたのだろう。ダービーと賭け事をしていたときよりも余程不安だった。ルートに沿わないと、全く予測がつけられなくなる。人生は、博打ではないのだ。特にわたしの人生ではなく、周りの人間の人生は。チップをベットするように簡単には打つことなんかできるわけもない。

 ベッドに座りそんなことを考えていると、ノック音が聞こえた。同室のポルナレフは飲み物と煙草を買ってくると外に出ているが、鍵を持って出ていったはずだ。となれば、ジョセフあたりだろうか。何か伝え忘れたことでもあったのかと思い、軽く返事をしながら鍵を開けにいく。かちゃりとドアを開けた先にいたのは、承太郎とダービーだった。何かと首を傾げて入室を促したものの、すぐ済む話だとやんわり断られた。


「きみに、聞いておきたいことがあってね」

「わたしに……なんですか?」

「わたしを出し抜くほどの手練ならばきみも得意な賭け事があるのだろう? それが知りたくてね」

「気になって眠れそうもないんだとよ」


 呆れたようにやれやれだぜ、と決め台詞を放つ承太郎の気持ちは物凄くよくわかる。ダービーはDIOを裏切り、明日には殺されるかもしれないというのに、よくもまあこのタイミングでそんな話をしていられるものだ、とわたしも思わず面を食らった。そして感心し、今まで以上に尊敬の念を抱いた。
 ダービーという男は本当に根っからのギャンブラーなのだ。それが気になって眠ることもままならないと考え、相部屋となった承太郎に申し出るほどに。そう思うといっそ微笑ましいのかもしれない。笑いながらその疑問に答えることにした。


「サイコロ……じゃなくて、ダイスを使ったものなら大抵、得意分野です。最も振らせてもらえなければなんの意味もありませんが」

「なるほど。振れれば、かならず思ったとおりの数字を出せるということか」


 頷けば、何故か納得していないのはダービーではなく承太郎の方だった。本当にそんなことができるのか、とでも言いたげな目線だ。それを無視して追い返すのは容易いことだったが、うーん、わたしだってやればできるのよ。少し待ってもらうように言ってから目的のものを取りに部屋の中に戻る。とはいえ、こんな状態で、うまくやれるだろうか。困ったなあと頬を掻きながら鞄を開けば、行く先々の土産屋で買ったサイコロがごろごろと出てくる。えーい、全部だ全部ー! と馬鹿みたいに十三個のサイコロを持って戻れば、さすがに持って来すぎたのかぎょっとされた。そんな承太郎に向かってにっこりと笑ってやる。


「はい空条くん、お好きな数字はなに? あ、勿論一から六だよ」

「んなことはわかってる。……なら、五だ」


 訝しげな承太郎の視線を気にすることなく集中する。床までの距離が遠いけれど、この旅の中で暇なときはずっと触っていたサイコロちゃんたちだ。石のものばかり、重さも十分。振りかぶることもなく手をぱっと離す。床に散らばると思われたであろうサイコロたちは床に到達してぴたりと止まってみせる。上を向いているのは五だけだ。ガッツポーズしたかったけれど、それはあまりにも格好悪いのでやめておいた。まるで当然ですよとばかりに、平然とした顔をしておくことにする。


「はい、以上でーす」

「……いっそ気味が悪いぞ、これ」

「人の努力をそんなふうに言うなんて失礼しちゃーう」


 思ってもないことを笑いながら言えばため息をつかれた。ひどい子だわ……。承太郎が疑ったからやっただけなのに。不満そうな顔をしていれば「すまん」と頭上から声をかけられた。一応謝っとけ、みたいな精神は好きではないのだが、承太郎のことだから本当にすまないと思っているに違いない。簡単に許せば承太郎は床に転がったままになっていたサイコロを拾ってくれたあと、軽い挨拶だけして踵を返し部屋に戻っていく。ダービーもその後を追おうとして、くるりと振り返りわたしの肩を軽く指さしながら耳に唇を寄せた。


「きみは自信のなさを隠すのが上手だが、女性は素直な方が可愛らしいよ」


 わたしにしか聞こえないように耳打ちされたかと思えば、すぐさま離れてダービーはにこりと笑う。そして「血の匂いはきちんと隠しておきたまえよ」とだけ言葉を残していってしまった。わたしは驚きながらも部屋に戻り、サイコロを鞄にきちんとしまっておく。
 帰ってきたポルナレフに声をかけてから荷物を持って風呂に入った。扉に鍵をかけ、服を脱ぎ捨てる。怪我をしていては着づらいだろうとのことで用意してもらったセーターの下のYシャツにははっきりとわかるほど血のシミが出来てしまっている。ダービーとやり合って、傷が開いた。それだけのことだ。
 わたしは、ダービーに勝った。正直、本当に勝てるだなんて思っていなかったのだ。だってわたしは良くも悪くも、普通に生きてきた人間だった。ギャンブルなんて言えるようなことは、実際はほとんどしたことがない。友人同士でお菓子や罰ゲームを賭けたり、パチンコを打ってみたり、雀荘で定年したおじさま方と麻雀をするくらいで、大金はおろか命を賭けるなんてこと、あるわけがなかった。ありえないからこそ憧れていたのだろう。勝ったことはいい。わたしごときがダービーに勝てたのだからDIOを邪魔して皆を助けることもできるかもしれない。それだけでいいはずなのに。わたしは、楽しくて堪らなかった。命がかかっているというのに、肩の傷が開いているというのに、楽しくて楽しくて楽しくて、堪らなかったのだ。……ギャンブルはドパミンがドバドバ出て怖い。そういうオチと言うことにしておこう。
mae ato

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