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 朝が来た。気が滅入りそうなほどにいい天気だ。もしこの陽の元に引きずり出せたのならDIOは一溜まりもないことだろう。そんなことを考えて、とても浅はかだなあと笑った。通夜のような気分で食事を取り、吊っていた腕は一時的にはずす。戦闘になるのなら走りづらいだろうと思ってのことだ。痛覚もヴィトに止めてもらった。痛みで動けなくなってうっかり死ぬなんて嫌過ぎる。イギーに朝ごはんをあげながらぽーっとしていると、部屋にポルナレフが入ってきた。それも至極慌てた様子であったから、首を傾げて見上げてしまう。


「どうしたの、一体」

「あいつが……来たんだよ!」

「あいつ……?」


 口調から察するにポルナレフもわたしも知っている人間なのだろう。しかし“あいつ”と言われてもわたしの頭の中では誰も該当しなかった。誰が来たのか。一瞬、デーボやンドゥール、花京院の顔が過ぎったが、それならポルナレフは嬉しそうに入ってきそうなものだ。どちらかと言えば、いい意味合いではないように思える。もしかしてDIO? なんて冗談にもならぬ冗談を考えながらポルナレフの言葉を待った。ポルナレフはそんなわたしに叫ぶように言葉を叩きつけた。


「ホル・ホースのやつだよ! おまえに会わせろって!」

「……へ?」









「ナマエ! 久しぶりだな!」

「……ええ…あの……お久しぶりですけれども」


 ジョセフたちの部屋の真ん中で、大きな手荷物を持ったホル・ホースがロープで縛られている。なんとも懐かしい人物で、忘れていたわけではなかったが、まさかこんなふうに現れるとは思っていなかった。完全に敵として出てくるとも思っていたわけではないが、なんか、敵っぽくは……ないかも……? というかその状態でよく気軽に挨拶できるなあ……普通に考えたらリタイアさせられるくらいは決定だろうに。
 大体、こんな形で現れてしまうとダービーが密通を疑われてしまい、いささか可哀想だ。もしかしたら本当にダービーが裏切っていたのかもしれないが、そんなことはないはずだ。わたしはダービーを信じてるぞ! ……本当にどうしてこのタイミングで来ちゃったんだろうか、この人。


「それでまた、どうしてこう……?」

「ホテルの中で鉢合わせしてな……おれたちを攻撃するつもりかと思いきや、両手を上げて“ナマエに会わせてくれ”だとよ」

「で、どういうつもりなんだ。ホル・ホース」


 じろりとした目線がホル・ホースに向かう。ぐるぐる巻きのまま肩を竦めてみせるが、誰も同情や賛同の感情を見せることはなかった。わたしも困った目線で彼を見ると、そこでようやくホル・ホースが口を開いた。


「二人で話がしたい、って言ったら二人にしてくれるか?」

「そんなの」

「許されるわけがねーよなあ? わかってるっつーの」

「あー、ホル・ホースさん。みんなの前でいいので、何の話をしに来たのか、さくっとお願いします。なにも偽らなくて結構ですから」


 みんなの前でいい。そんな含みのある言葉の意味を理解できたのは、ホル・ホースだけだ。まさかホル・ホースが裏切っていたとも思っていなかっただろう。わたしだっていまだに信じきれていないのに。他の面々が不思議そうな顔をしている中で、ホル・ホースが頷き、ようやく『本題』に入った。


「DIOについてわかったことがいくつかある」


 その発言に一番驚いたのは、ダービーだった。裏切りたくて裏切っている目の前の男が信じられなかったのだろうか。もちろんのことながらポルナレフやジョセフたちもすごく驚いていた。何を言われているのかわからないと言ったふうに固まってしまっている。ホル・ホースは周りの様子を気にするわけでもなく、わたしに向かって言葉をつむいだ。


「ひとつはまだジョースター家のやつのボディとDIO自身の頭はまだうまく繋がってねーらしい。左の方がまだ傷の治りが遅ぇ。本人はまだ準備が整ってない、と言っていたが、能力のことを考えるとそうも言えねえな」

「ホル・ホースさんが見た能力とは?」

「それが二つ目だ。エンペラーを構えたおれの後ろを、一瞬で取ったんだ。蜘蛛の巣が張り巡らされたような室内で、それをひとつとして破ることなくな。瞬間移動のように感じたが……そうとも言い切れない。主観的な感想でいいならただ一言……恐ろしかったよ」


 そう、その経験をしたというのに、どうして彼は戻ってきたのだろう。とんでもなく恐ろしいものに出会い、自分より格上であるDIOに逆らいここで事実を話した理由。わたしには正直想像もつかなかった。ホル・ホースのことを悪く言うつもりはないが、長いものには巻かれるタイプのはずなのに。人間なんてそんなものだろうし、それでいいと思う。協力してもらう理由も、協力してもらう義理も、わたしにはないはずなのだから。
 ジョセフがその言葉を聞いて、ホル・ホースをどうすべきか困惑している。彼にやられたことのあるアヴドゥルは特に、神妙な顔つきをしている。承太郎は何かを考えているようだ。そして予想通りというかなんというか、ポルナレフが噛み付くように吼えた。


「ちょっと待てよ! なんでてめーがそんなことを伝えに来たんだ?! てめーは敵だろうがよ!」

「おまえ、忘れちまったのか? アヴドゥルが撃たれる前に話しただろうよ。おれは“ナマエの”味方だって」

「はあ!? ……いや、たしかになんかそんなことは言ってたけどよ……」


 全員の目がわたしに向く。思わず両手を上げて降参のポーズを取りたくなるくらいわたしもドキッとした。驚いた目線ばかり集まっているが、忘れていたポルナレフにも非はあると思うので、できることならばそっちを見てほしいと切に願うばかりだ。
mae ato

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