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「……えー、その、隠していてすみません。ホル・ホースさんはスパイを買って出てくれていました。わたしが言うのもなんですが、一応、味方でいいと思います。不安があるのならジョースターさんに見てもらってください。その間能力を止めることも厭いませんので」


 ナマエはアヴドゥルが撃たれたあと、ちょっとしたことがあり、そしてホル・ホースが探りを入れてくれることになったという出来事を話した上で、そう言った。勿論ナマエが敵と繋がっていておれたちを裏切っていたとは毛頭思わない。いつでも殺す機会はあったのに殺さなかったから、なんてことじゃなく、それはおれがナマエを信頼しているからだ。仲間だと思っている。命を預けてきたという、絶対的な信頼だ。きっと刺されても殴られても、仲間だという考えは変わらないだろう。そう思うのはおれだけではない。じじいもポルナレフも、やられたアヴドゥルでさえも頷いていた。


「ナマエちゃんが言うんじゃからそうなんじゃろう……ま、一応頭の中も確認させてもらうがね。アヴドゥルは事実撃たれとるわけだからな」

「まあ……そうですね。死んではいませんが死に掛けましたしね」

「そうだな……おいてめーもし裏切ったら、わかってんだろうな?」

「おまえ、これ以上どう裏切れってんだよ。おれは既にDIOの野郎を裏切ってるんだぜ?」

「それでだ、お前はナマエの味方だと言ったが……おれらの側に付く、ということでいいんだな」


 穏やかになった空気を払拭する冷たい声だったと、自分でも思う。しかしここははっきりさせておかなければならない。仮にナマエの味方だとしても、そこにおれたちのことを含まず排除しようってんなら、身内から攻撃されるという最悪の展開になりかねなかった。これから最終決戦と言うときに、それだけは避けたい。ホル・ホースは似合わない真面目な顔をして、当たり前だろ、と答えた。おれに嘘を見抜く力はないが、本気であると感じ取れた。


「そうか。ならいい」


 ほっとしたような空気が流れ、おれたちはホル・ホースを受け入れた。しばらく打ち解けるためにくだらない話をしながらホル・ホースの頭の中をのぞいて、おれたちに敵意がないことを証明してみせたりとしていたが、正午にはDIOの館に着くように向かうことが決まると、その前にまだ話しておきたいことがある、とホル・ホースが言った。もちろんそれは、DIOの館についてのことだろう。それぞれが真剣な面持ちでホル・ホースを見つめていた。


「DIO以外のやつらについてだ。まず厄介な門番がいる。あとは幻覚を見せてくるやつ、他の空間に引きづり込んでバラバラにしちまうやつ、クソ弱え吸血鬼もどき……それから、そこのダービーの弟がいる」


 ホル・ホースを見つめていた目線が全てダービーへと向かった。ぴくりと肩が揺れた。すなわちそれは事実なのだろう。ダービーは目線を誰からも逸らさなかったが、何かを話すことはなかった。その様子に軽くため息をついたホル・ホースが、ダービーに向けて鋭く言葉を発する。


「あのいけ好かねーテレンスの野郎は、てめーを尊敬してるふりをしながらも見下してやがる。お前、あいつには頭が上がらねえんだろ? 十も年下の弟の彼女にちょっかいを出して、アバラを折り血ヘドを吐くまでぶちのめされた……それでダービー、てめーが謝って終わったってな」


 それはもう、舐められているなんてレベルではない。同じ人間だとは思っていないかのような扱いのように思える。そして何よりもおかしいのが、その弟の行為を認めているダービーの方だ。十歳も年下であったのなら、喧嘩で勝つことなど容易いはずなのだ。なのに、アバラを折られ、血反吐を吐いても反撃しなかっただと? ただのとは弟思いであるとは、到底考えられない。ダービーが笑う。自嘲の笑みであった。


「そうだ。わたしは殴られ蹴られアバラが折れて血反吐を吐いて、許してもらったんだ。十歳も年下の弟にね」

「……どうしてだ、ダービー。てめーはそんな男には見えねーぜ」


 闘うのを見て、こいつがすごい男であることはわかっている。賭けで命を賭ける覚悟がのある男が、弟になすがままにされる理由が思い浮かばないのだ。冷静で切れるこの男が、弟に媚びを売り、許しを乞っている姿が想像できなかった。何よりおれは、この男のそんな様を想像したくなかったのだろう。それほどまでに手強い相手であったし、敵でなければおれの周りにはいないタイプの食えないけれど博識な大人である。今までやってきたことは許されることではないだろうが、尊敬できるところもあるだろう。そんな男が弟に媚びへつらっている姿を想像したいわけもなかった。今のダービーは、冴えない表情をしたくたびれた大人だった。


「弟は、テレンスはな、わたしと同じく魂を奪う能力を持ちながら、心を読めるのだよ。そんなやつに、どう逆らえというんだ?」


 ダービーの言葉は衝撃的で、じじいが驚きで心を……と呟くのが聞こえた。ダービーは言う。弟に怯えて生きてきたのだと、馬鹿みたいに頭を下げ、視界に入らないように歩んできたのだと。その人生がどんなものだったか、おれには到底わからない。だが、少なくとも優秀な弟を持った兄貴というのは、楽しい人生とは言いがたいだろう。


「やなかんじ」


 ぼそっと発された言葉は、通りのいいものではなかったはずなのに、しっかりと各個人の耳に届いた。皆からの視線を集めたナマエはぎょっとしたが、自分の言ったことだとすぐにわかり、すこし困り顔をしてから仕方なくと言った感じで言葉を続けた。


「いや……その……個人的な感想なのでそんなふうに見られても困るんですけど……。ただその人、スタンド能力以前に人間性に問題があるというか、そのテレンスさんが付け上がった原因って、ダービーさんにもあるんじゃないですか? 多分ですけど一度も、痛い目にあったことがないのでしょう」


 すこしばかり論点がずれてきている気がするが、ナマエの言っていることは間違いないだろう。もしそのテレンスと闘わなければならないとなれば、またも心理戦になるということだ。そのときにその捻くれた性格というのもポイントになってくるはずだ。勝負方法にもよるが心を読まれても関係のない勝負であれば、なんとでもなるのではないだろうか。たとえイカサマするとわかったところで止められなければ意味がないように。ナマエは続けて言う、いい案だとばかりの笑顔で。


「あ、じゃあ今度のテレンス戦は、ダービーさんが担当したらいかがですか?」

「な、何を!」

「どうせもう裏切られたと思われてるんですから、今更こっちに入ったとしても構わないでしょう?」

「そうじゃあない! あいつの恐ろしさは、わたしが一番よく知っている! どうして……そんな相手に勝てると言うんだ」

「なら一生負け犬ですか? ここでやらなきゃあなたはこの先死ぬまで弟の影に怯えて劣等感にまみれて生きるというのに。それでいいならお好きにどうぞ。負け犬は負け犬らしく尻尾を巻いてお逃げなさい。案内はホル・ホースさんに頼みますからもう結構ですよ」


 ダービーの困惑しながらもはっきりと否定し、逃げたいのだとばかりの声を、ナマエは切り捨てる。言い方はかなりきついが、それは事実だ。このままでは今までも、そしてこれからもそうして死んだように生きることになる。逃げたという事実が一生付き纏うのだ。そしてナマエはにこりとどこまでも優しい笑みを作り、逃げ場を断絶した。


「まあでも、そんなこと許しません。言いましたよね、ひとつだけ何でも言うことを聞くと。負けた人間が、自由意志を認められると思わないでくださいね」

mae ato

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