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 すでにこっちに裏切ったと思われている以上、ジョースター一行が勝たなければ殺されてしまう可能性があるので、戦いに参加しろというのは脅迫みたいなものだ。
 とはいえ、戦える人数はひとりでも多い方がいい。ダービーはそもそも、戦えるタイプではないが、絶対にテレンス戦にはいた方がいい。能力が強いということは、搦め手に弱いということでもある。だったら搦め手が得意な男をぶつけんだよ! ただし、その人に苦手意識を持っているとする。って感じだけど。
 でもこのままではお話にならないことだろう。このまま怯えて勝負なんかした日には間違いなくダービーは負けるはずだ。本当ならアシストできればいいのだけれど……その対決が本当に実現したところでわたしには見届けることはできない。ラストスパートにはやることが多すぎる。死人の出ないところはみんなに任せておけばいい。それでも戦って、尊敬できる相手だからこそ、負けないでほしいと強く願った。
 わたしのきつい言葉のせいで変になってしまった空気を払拭させるため、手を叩き甲高く音を響かせる。この話はここで終わり、の合図だ。わたしはホル・ホースに向きなおして、口を開いた。


「厄介な門番、と言っていましたよね? それについては?」

「あ、……ああ。多分今日、闘わないといけなくなる相手だが、そいつは人間じゃねえんだ。ハヤブサだよ」

「ハ、ハヤブサだと?」


 アヴドゥルの顔色がやや悪くなる。どうしてか聞くジョセフに、アヴドゥルは、ハヤブサが時速300kmで降下することも出来る、鋭い爪を持つ肉食の猛禽類であることを説明した。ただでさえ人間より基礎能力が高い動物がスタンド使いということになると、それはとんでもない脅威になる。しかしホル・ホースはアヴドゥルに対しては、なんてことないとばかりに笑ってみせる。


「あんたが怪我する確率は低いだろうぜ。なんたってそいつは氷のスタンド使いだからな……しかし他のうやつらにとってはかなりの脅威だ。近距離で闘えば……下手すりゃオダブツかもしれねーがな」


 能力がシンプルなだけに応用も利くし、威力も強いのだとホル・ホースは眉を寄せた。頭も人間並みによく、侵入者や怪しい人間ものはすべて追いかけ、必ず相手を殺すと苦々しい声でそれを告げる。怪我をすることはある程度覚悟をしなければならないと。


「だから、まあ、近距離の人間は行かないほうが得策だろうぜ。いたずらに怪我人を増やすこともねえ」

「おいおい。おれたちには待ってろってのか?」

「攻撃的な能力を持つやつは門番だけじゃねーんだ、他に力の残ってるやついないとDIOまで辿りつけるかわからねえ。それに広範囲で攻撃されたら避けられるスペースがあったほうがいいだろ」


 間違ったことは言っていないように思える。ホル・ホースは説明で伝わってないと考えたのか、ジョセフの腕を引っつかむと自分の脳内をテレビに映させた。想像以上に正しいその映像はテレビに映っている。ポルナレフも空高く飛んでいる相手とチャリオッツで闘うのは厳しいと言うのを理解したらしい。ホル・ホースが言う。


「おれの考えはアヴドゥル、ナマエ、おれ、ジョースターを加えた四人で行くことだ」

「おい、ナマエちゃんは近距離じゃぞ? それにスタンドを封じても……」

「じじい、忘れたのか。ナマエには防護壁がある……そういうことだな、ホル・ホース」

「ああ。ナマエの防護壁の強さは良く知ってる。そしてアヴドゥルは火、おれは遠距離、ジョースターは遠距離ってわけじゃあねえが何より経験が違うからな。何かいい案を思いついてくれるかもしれねえ」


 理解してくれたか? その言葉に、皆が頷いた。まさかイギーでなくわたしが闘うことになるとは思わなかったが、イギーはそれで片足を失うことになる。それだったら多少の怪我を覚悟した上で向かうことも悪くはないだろう。ただそれも多少、までだ。腕をぐちゃぐちゃにされたりしたら今度こそ本当に戦わせてもらえなくなる。本番はまだなのだ。いつも以上に気を引き締めていかなければなるまい。
 さて行こうか、という空気になって、はたと気付いた。ホル・ホースの鞄だ。大きな鞄。原作通りなら、その中には……。いやいやいや、まさか! まさかね! でも、まさか原作通り、ボインゴがいるのでは……ないだろうな……? 裏切る裏切らないの問題ではなく、もし鞄に入れられたままの子供がいたら、それはとんでもないことになるのでは……? 下手したら、死ぬよね? 鞄を見つめたまま恐る恐る、怪しくない程度に聞いてみる。


「あの、ホル・ホースさん?」

「ん? なんだ?」

「随分大きな鞄ですけど、その中には何が……?」

「あ」


 いっけねえ、忘れてたぜ。そんな軽い言葉と共に出てきたのは、外れてほしかった予想通りのボインゴくんだった。オーマイガッ。口にはガムテープが巻きつけられ、呻いてる。周りはそれを見て当然ぎょっとした。わたしもぎょっとした。


「ホ、ホル・ホースおまえ! なんちゅーことを!」

「うっかり忘れちまってたぜ。お土産だよ、こいつは未来を予知するスタンドを持ってる」

「未来を……予知する、だと!?」

「ああ、百発百中のな」

「馬鹿もん! そんなこと言ってないで、早くはずしてやれ!」


 ポルナレフとホル・ホースが盛り上がっている横で、ジョセフが怒った。当然の反応だと思う。ホル・ホースがすぐさまはがしてやらないので、わたしが口についていたガムテープをはがしてやった。するとボインゴは、勢いよく胃の中のものを吐き出した。トランクの中で飛行機で揺られたのだから、仕方のないことだと思う。ものすごく可哀想だ。屈んでいたため膝の上に吐き出されてしまったが、決して悪いのはボインゴではない。喉とか鼻に詰まってなくて本当に良かった! 思わず身を捩って嘔吐物を避けたホル・ホースを白い目で見ながら、抱きかかえるようにボインゴの背中を摩ってやる。


「大丈夫だよ、このまま全部吐いちゃっていいからね。──誰かお水を!」

「お、おう」


 吐瀉物特有の酸っぱい臭いが鼻を突いてわたしまで吐き気を誘われたが、ボインゴの上から吐いたらこれ以上にないくらい可哀想なことになるのでそれはどうにか飲み込むことにした。うう。もらいゲロりそう……。
mae ato

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