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 吐き気の落ち着いたボインゴを部屋に寝かせ、吐瀉物まみれになった服を着替えて戻ると、他の皆は準備万端といった様子だった。承太郎とポルナレフは、ボインゴとダービーを見張るといってはアレだが、所謂待機組として椅子に座っていた。これから倒しに行くはずのわたしたちよりも緊張しているように見える。
 気をつけて行ってこいよ、という声に笑顔で答え、先頭を歩くホル・ホースとアヴドゥルの後ろをジョセフと一緒について行く。どう、闘えばいいのだろうか。わたしは今回闘うというよりは守りにつくわけだが、正直ペット・ショップ編なんて全く考えてなかったわけで、ちょっとどうしていいかわからない。とりあえず先にヴィトへ命令は出しておいたが、不安がじんわりと忍び寄ってきているかのようだ。


「近くに、感じる……!」


 ぼそりと呟かれた言葉が、背筋をひんやりとさせていく。本当ならば近づきたくなどない。氷で貫かれれば酷い怪我になるのは確定だ。好きで痛い思いをしたいわけもない。そんな後ろ向きな思考が広がっていくが、気持ちで負けてどうする……スタンドは元々精神の力だ。勝率を下げるような考えを振り払って、止まりそうな足を必死に進めた。


「……あそこだ」


 見えるか? とホル・ホースが指差した場所に、大きな門とその奥にあの写真の館が建っていた。ごくり、と誰かの唾を飲み下す音が聞こえた。冷たい緊張感が背筋を駆け上がり、高まっていく。しかしそこにペットショップの姿はないように見えた。
 ホル・ホースが提案する。やつが姿を見せたら、まず自分が撃ち、相手をひきつけるということだ。相手の方が動きが速いため追尾が出来る距離を保つことは考えず走って逃げるという。その隙にアヴドゥルが攻撃を当てることになるだろう。ジョセフはいわゆる司令塔。そしてわたしは自分を守ることが厳しいホル・ホースとジョセフを中心に手助けをする。ひとまずはなんにせよ、館から引き離さないことには新たな敵が出てきかねないのだ。
 ペットショップが出てくるのを待っているうちに、門の下から少年が這い出てくるのを見つけた。手には、犬の首輪。彼はひどく焦っているような、泣いているような、そんな顔をしていた。普通の様相ではない。


「おい、どうなってる? 中から子供が出てきたぞ……!?」

「……ちょっと待て、おれにもよく、」


 まさか。まさか。まさか。これから出てくるはずの“彼”を想像して、身体中がぞわぞわと粟立った。ザクザクと何かが砂に刺さるような音がした後、門の下から、


「イ、イギー!?」

「どうしてやつがここに!」


 わたしたちが皆一様に驚いている間に、イギーは駆けてゆく。血に濡れたその足で。道路に赤いあとがついているのを見ていたら、わたしも駆け出してイギーのあとを追っていた。わたしを引き止める声に、ペットショップを引き付けてくれるように頼みながら。
 こんなときばかりは運動も碌にしていなかった大学生活を呪いたくなる。それももう、四ヶ月以上も前のことだけれども。追いかけた先では、イギーに沢山のつららが向けられていた。間に合うだろうか。いや、間に合わせる! ヴィトの防護壁を発動しながらも滑り込むように駆け込んだ。
 ゴキンッ! と目前に折れたつららが転がっている。心臓が止まると、本気で思った。それから気張っていた身体の力がゆっくりと抜けていく。


「だ、大ピンチ、だった、これは……」


 足を必死に舐めるイギーを腕に抱えながら、乱れた息を整える。ギラギラとした目に射竦められて、いまだピンチを脱していないことを分からせられた。防護壁にいる間は平気だろうが、もし、スタンドに関連していないものを通してしまうのだったらと思うと気が気でない。ハヤブサにわたしごときが敵うわけもないのだ。
 ぱあん、と拳銃のような音がした。ペットショップの腿に穴が開く。炎をまとわせた銃弾がくるくると回ってペットショップを狙っていた。意識がそれに向かった一瞬、足元から現れたザ・フールがペットショップを切り裂いた。続いてそのまま銃弾が一発、体の中に潜り込んでいくのが見えた。他の二発はホルス神で厚い氷を作り、貫くことを阻止していた。


「……あ…、」


 けれど血は止まらず氷は崩れ、ペットショップは地へ墜ちた。べちゃりと血肉の湿っぽい音がする。思わず防護壁を解いて、ペットショップに手を伸ばしていた。ぬるりとした赤い液が染みる。ヴィトに能力をとめさせ、さらに血を流れないように止めさせる。
 民家の窓から出てきたほかの三人は目を丸くしていたが、わたしの気持ちを酌んでくれたのか、ジョセフはすぐさまSPW財団に電話をかけてくれた。アヴドゥルとホル・ホースは大きなペットショップを運んでくれた。イギーは嫌な顔をしながらも、わたしの手をぺろりと舐め、まるで元気を出せと言っているようだった。
 殺す覚悟はできたのに、動物の死は、人間の死より耐え難いものがある。それもまた、わたしの異常性なのかもしれない。迷惑をかけている自覚はある。ハヤブサくらい、捨て置けばいいのだ。まだ日は高い。これから一度宿に戻り、皆で向かうのがいいだろう。だから放っておけばいい。構わずともいい。それでも、死んでほしくないと思ってしまった。
mae ato

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