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 血みどろのペット・ショップと、足の裏を怪我したイギーは一時的にSPW財団の医師たちが預かってくれることになった。ペット・ショップを医師に預けている間に、日が暮れ始めていた。今日はもう、DIOの館に向かうことはできないだろう。そのことにジョセフに頭を下げたが、一度合流しなければならなかったからと、本当に気にしていないふうに声をかけてくれた。こうしている間にもホリィさんが苦しんでいるのだから、いいわけがないはずなのに。
 それでも暗い気持ちのままホテルに戻るわけにはいかないと、顔面をばちんと叩いて気合を入れなおす。それを見ていたホル・ホースが発想が体育会系だと笑った。彼の空気にすこしだけ救われる。


「ジョースターさん」

「おお。すまんな、わざわざ動物たちの治療まで」

「いいえ。お気になさらず。イギーの方は明日には向かえると思います。不幸中の幸いといいますか、足の裏の皮が剥けているだけですので、イギーならば大丈夫でしょう」


 ハヤブサのほうは厳戒態勢で見守らせてもらう、と少し厳しい顔をしてSPW財団の人は言った。もしかしたらスタンドの攻撃に巻き込まれるかもしれないのだ。それは不安だろうと、改めて自分がとんでもないことをしているのに気がついた。敵を自分たちの陣営に引きずり込み、周りの人間を危険に晒しているのだ。デーボは元々DIOに対する思いがなかったから。ンドゥールは自分から裏切り、そしてすぐに動ける怪我でもなく、スタンド能力が止められているから。そう言った理由で許された背景がある。
 ただペット・ショップは話が違う。言葉も違う、スタンドがなくても危険な生き物だ。わたしが勝手に怪我をするのはいい。悪いのはわたしだし、何よりスタンドがある。いざというときはヴィトに守ってもらえばいいのだ。けれど保護してくれているSPW財団の人達は違う。


「それからナマエさんのスタンドの検証結果として、お伝えしたいことがあります」

「え、えっと、はい? いったい何を?」

「以前、実験としてナマエさんに止めていただいたものですが、いまだにすべて止まっております」


 自分とどれくらい離れたら解除されるのかなどを調べるために、SPW財団と共同で行っていた実験の件のことだ。普通に考えれば距離はスタンドを伸ばせる範囲内だろうと言うところだが、ちょっと離したくらいでは解除されなかったので、安全を確保するためにも止めたものを持って移動してもらっていたのだ。ヴィトに指示せずに外れる条件を突き止めるのが目的だった。


「時間経過での解除はなさそうということか」

「同様に、距離もです。現在、ナマエさんに止めていただいた品はすべてアメリカにあり、すべて止まったままです」


 ワッ? えっ? アメリカ……?
 驚きのあまり固まっていると、SPW財団の職員が言葉を続けた。


「ただ止めるだけでなく、ンドゥールさんでスタンド能力の停止解除がないことも実証されていますからご安心ください。いまだ彼はスタンドを封じられたままです。なので、ナマエさんの止めたハヤブサのスタンドが発動することはないはずです万が一解除された場合の対抗として、ハヤブサをンドゥールさんが見てくれることになりました。彼も明日の昼ごろに到着予定です」


 そうSPW財団の方が笑顔で言った。ていうかなんで、ンドゥールとSPW財団? え? なに? どういうことなの? 仲良くなってんの? ええ……?
 わたしの中でいろいろな疑問が膨らんだが、混乱した頭が言葉を発することはできなかった。その代わりに、アヴドゥルとホル・ホースが大層な驚きを口にしてくれた。


「こ、ここ、カイロだよなあ?」

「そうだ……つまり、ナマエの、ヴィトのスタンドに対する攻撃は、少なくともカイロ・アスワン間の九百キロ近く効果があり、それどころか物品に関してはアメリカ・エジプト間……ということだな? それもう地球の反対側じゃないのか?」

「……おいおい……すげえな、それ……」


 二人の言葉でようやく理解したが、どうやらヴィトはチート効果を発揮しているらしい。それからいくつかのわたしにはわからない話をしたあと、何かを思い出したかのようにSPW財団のその人はわたしたちに待つように言い、一回どこかへと姿を消してしまった。
 その間、わたしは賛辞の言葉を向けられていたのだが、うまく言葉にはできず、胡乱な言葉を繰り返すだけだった。しばらくするとSPW財団の人が戻ってきて、わたしに紙袋を渡した。え、わたしですか。


「デーボさんから預かっていたものです」

「……デーボですか、…はあ…」


 いろんなものが脳みそに入ってきて、正直わたしはどうしたらいいのかわからなくなってきた。デーボまでSPW財団の人の口から出てきた。いったい、どういうことなんですか。なんで面識ができて仲良くなってんだよ。わたしが言うのもなんだけど、SPW財団職員、正気か?
 ホル・ホースはデーボと面識があったらしく、あいつ死んだって聞いてたのに、だのなんだのと話しかけきた。左目が見えなくなった以外は多分変わりないことを伝えると、あんな闘い方じゃなあ、と思い出すようにぼやいていた。SPW財団の人がごほん、と咳払いをして、わたしたちの注意を向ける。


「花京院さんも明日の朝にはこちらに到着予定です。是非合流してからDIOの館に向かってください。戦力は一人でも多い方がいいでしょう」


 花京院が、帰ってくる。それはすなわち、避けようのない戦いが遂に訪れようとしていることと同じだった。紙袋がくしゃりと潰れる音がした。
mae ato

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