155
 すっかり忘れてやや血塗れの手でホテルに帰ると、ホテルの従業員にぎょっとされて質問されたり、ポルナレフや承太郎だけでなくダービーにまで心配されるという事態に陥った。敵のハヤブサの血だと伝えると、あからさまにほっとした様子だった。わたしもしょっちゅう酷い怪我ばかり負いたくない。
 ……というかまさか、わたしが仲間内で一番怪我してる人? 最初にガラスの破片で足切ってデーボに噛まれて、立てるようになったらダンにボコされて、治った頃にンドゥールの水で手に穴が空いて、今は肩に穴が空いていて……そんなものだっただろうか。ああ、そういえばハイプリエステスにも切られたような……? ……なんだかこの一月ほどの間に一生分以上に、怪我をしている気がする。切り傷やよくわからない傷まみれの右手を見て、ため息が出た。さすがにマズいかもしれない。日常生活に支障が出る程度の、意味深でやばい感じのする、汚い手だ。


「そういや、ボインゴのやつはどうしたんだ?」


 ベッドにボインゴの姿が見えないのに気が付いたホル・ホースが、承太郎たちに問う。承太郎は一瞬誰のことを言われたのかわからなかったようだが、ボインゴが誰かを察すると、煙草を持っていた指を部屋の隅っこへと向けた。そこにはシーツにくるまり、がくがくぶるぶると震えるものがあった。お前にはバイブレーションの機能でも付いているのかと聞きたくなるほど小刻みに震えているのがわかる。可哀そうすぎる。


「目を覚ましたと同時にあれだ。ホル・ホース、てめえが連れてきたせいじゃねーのか?」


 誘拐された人間の正当な反応だろう。どうせホル・ホースのことだ、予知能力は役立つと踏んで、寝てる間にふん縛るか何かして無理矢理連れてきたに違いない。そしてそのあとの気絶から目が覚めたら、連れてきた本人もおらず、いたのは厳つい兄さんが三人。しかもその内二人は近距離の超攻撃型スタンドを持つ敵と来たら、隠れるか再度失神する他はないだろう。ましてや相手は子供だ。可哀想に。
 そんなシーツにくるまっていたボインゴはちらりと顔を出し、わたしと目があうなり、駆け出して足元に抱きついてきた。……はい? なに?


「……えっと?」

「懐かれたらしいな」


 もしかして吐いたときに優しくしたから、この中でわたしが一番の味方だと思い込んでしまったのだろうか。助けを乞うような目線をポルナレフに向けると、ポルナレフも困ったように肩を竦めた。そうだよね、ポルナレフだって困るよね。次にジョセフを見てみる。孫がいるくらいだからうまいことやってくれるかもしれない。するとジョセフは任せろとばかりに微笑み、ボインゴの視線に合わせるため屈むと、刺激しないようゆっくりと声をかけた。


「ボインゴくん、と言ったかな」

「……、」

「きみにお願いがあるんじゃ。何、危ない目には遇わせんよ。協力せんでもいい。ただ、敵にはならんでほしい」


 慈愛に満ちた、優しいおじいちゃんの目をしていた。十八になる孫もいるくらいだから、子どもに甘くても不思議はない。ボインゴはジョセフから目を離し、わたしを見上げた。


「……お姉さん、は、どうですか?」


 敬語! お母さん敬語だよこの子! 思わず違う世界にいる母親に報告したくなるほど、礼儀正しい口調だった。あの兄にしてこの弟、その言葉が世界一似合わない兄弟なのかもしれない。いや、原作見る限りではどっちもどっちだろ、って感じだったけども。わたしはボインゴの頭を撫でながら、そうだなあと呟いた。


「わたしは、あのおじちゃんに協力してくれると嬉しいかなあ」


 指差した先にはダービーが少々間抜けな顔をして立っていた。大方自分には関係のない話だと思って、ぼうっとしていたんだろう。ボインゴは何故か簡単にそのお願いをのんでくれてしまう。……ボインゴ、DIO様を裏切ってるって気付いてるのか? すこし、彼の将来が心配になった。
mae ato

modoru top