明日は最終決戦と言うことで、早々に身体を休めることになった。人間が増えたこともあり、部屋割りを変更してのことだった。承太郎は昨日と同じくダービーとだったが、ポルナレフはアヴドゥルとホル・ホース、わたしはジョセフとボインゴという珍しい部屋割りでこの旅、最後の夜を迎えることになった。
それにしても……明日になれば花京院とイギーが加わり、九人と一匹の大所帯になるわけだが、誰がこんな展開を予想したと言うのか。相変わらず明日への不安は拭えなかったが、今日抱えていた不安よりは幾分かマシになったように思える。
しかしまだ落ち着いたとも言えない心を落ち着かせるため、デーボに電話することにした。もらったものの礼を言うついでだと、自分によくわからない言い訳をしながら、ジョセフとボインゴが一緒に風呂へ入っているうちに電話しようと受話器に手を伸ばして、ノックの音に手を止めた。昨日のデジャビュ? なんて気楽に思いながら、今日も返事をしながらドアを開ける。ガウン姿のダービー。風呂上りだろうか、色気が半端ない。
「ダービーさん、今日はおひとりですか?」
「ああ……言っておくべきことが、あると思ってね」
影があるおじさまという雰囲気に、間違った方向へテンションを高揚させそうになったが、後ろ手に自分の尻をつねってどうにかそれを回避した。そんなことをしているとは知らず、ダービーは、きゅ、と表情を引き締め、真剣な眼差しでわたしを見る。
「明日、わたしはきみに言われた通り、弟と対峙するつもりだ」
「……そうですか」
「と言っても、きみに言われたからじゃあない。DIOが負けることを祈って逃げることもできるわけだが、そうしないと決めたのはわたしだ。だが、いつかはやらねばならなかった。弟に向き合わねばならなかった……それを教えてくれたのはきみだったがね」
それじゃあ、夜分遅くに失礼した。紳士的に頭を下げて去っていこうとするダービーのガウンをとっさに掴み、引き留める。ダービーは不思議そうにこちらを見ていたが、ほんのすこし入り口で待ってもらい、鞄の中から一番使っていたサイコロをひとつ取り出して彼に握らせた。
「大したものではありませんが、お守り代わりに、」
「いいや、これで百人力というものだよ。ありがとう」
いや待て、どうして手の甲にキスをした? 去っていく背中にそう叫びたかったが、ダービーは紳士なのだと思い込むことでそれを踏みとどまった。雑念を首を振ることで擬似的にいきおいで振り払い、勢いのままデーボへと電話をかける。国際電話の手順にも慣れたものだと考えているうちに、どうにか頭が冷静になってきた。ああいう、余裕のある態度には弱い。そうでなくともかなりタイプなおじさまなのだ。なんだあのひと、末恐ろしい。
『ナマエか?』
「ナマエでーす。明日最終決戦だから、一応連絡入れといたよー」
あ、違うこと考えてたら言い訳考えたのに、本題の方から話し始めてしまった。今から誤魔化そうとしても仕方ないので、わたしはいっそ開き直って話を続ける。デーボの声は、何故かひどく心地よい。実際には一回会っただけの他人なのに、変な話だ。デーボが軽く笑った。
『それで落ち着かねーってか』
「まあ、そんな感じ。やっぱり緊張しちゃってさ……」
『無理もない……と言いたいところだが、おれはDIOに会ったこともないからな。よくわからん』
「シリアスを打ち砕くような即答どうもありがとう。まあ言ってもわたしも直接会ったことはないんだけどね」
共感できなくて申し訳はないと言う意味だろうが、わたしだってDIOの恐ろしさをあらかた理解しているとはいえ、実際に会ったことがあるわけではない。そういう意味ではアヴドゥルや花京院、ポルナレフたちとは本当の意味では共感できない。ホル・ホースは能力の体感までして本当によく戻ってきてくれたなと思う。普通にDIOについた方がお得でしょ。こっちと敵対しても殺されることはまずないんだし、絶対その方がよくない? わたしが言うのもなんだけどさ。
『そういえば、渡したものの中身は見たか?』
「あ、まだです。今見まーす」
貰っておいて中身を確認していなかった。ガサガサと紙袋を開けると、中には一組のピアスが入っていた。大きめの黒い石がついている。男性でもつけられそうなシンプルな形ではあったが、なにやら可愛いピアスだ。えー、こういうの好き。かわいい。
「え、デザインめっちゃすき。可愛い。ありがとう、これ貰っていいんだよね?」
『……一応、故郷の厄払いの守りだ』
「へえ、お洒落〜」
日本だったらお守りと言えば、お守り袋である。それを耳につけるなんてとんでもないところだが、これならいくらでもつけたい。とりあえずいままではめていた左耳のピアスを外し、貰ったピアスをつけてみる。手鏡を覗き込むとわたしが普段しないようなすこし大振りの形ではあったが、案外似合わないこともないだろう。……平気だよね? うん、平気平気。可愛い可愛い。ピアスのことだけど。
「つけてみた。思ったより似合うかも、ありがと〜。やっぱかわいい」
『そうか。ピアスで正解だったな。他の装飾品だと邪魔だろ。まあ、開いてなかったら悲惨だがな』
「はは、開いてなくたって開けたよ。肩とか手に穴空いてるのに今更……」
わたしの明るい声とは反対に、電話の奥の空気が重くなったように感じた。あ、やべ、地雷踏んだ。失言レベルマックス。手の話はしたけど、肩に穴開いてるのは知らないんだった。これぜったい怒られるやつでしょ。説教コースだわ。想像通り、受話器のスピーカーから地を這うような声が聞こえてきた。
『どういうことだ……?』
「ごっめーん。お風呂入んなきゃいけないから切るねー。じゃあね、愛してるよー」
切る瞬間に電話の向こうで怒鳴り声が聞こえたが、どうせ会う頃にはまた色々怒られるはずだ。だったらそのときでいい。何度も怒られるのは、こう、何か胃に来るものがあるし。
テーブルの前でうなだれていると、ボインゴとジョセフが風呂から上がり、部屋に戻ってきた。わたしは出しっぱなしのピアスを紙袋にしまい、デーボに、と紙袋に書いて鞄の中に放り込んでおく。それから風呂場に行き、洗面台の前に立ち、鏡の中の自分を見つめた。
──明日で、全てが終わる。
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