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 朝起きると、髪の毛の弾け具合が半端じゃなかった。もう跳ねないくらいの長さになったと思ったのは、どうやら気のせいだったらしい。同じベッドで眠ったボインゴを起こさぬように這い出て、いっそ髪の毛を洗い直そうと洗面所に向かった。頭を洗おうと左肩をあげて、激痛。そういえば怪我してたんだった、とあまりにも馬鹿なことを思う。昨日闘うときには痛覚を止めていたが、いまはそうじゃあない。もう一度ヴィトに痛覚をとめてもらい、洗面台で頭を洗って、さっぱりしたところですぐさま髪の毛を乾かす。いつもどおりの髪型に戻った頃、ボインゴがおどおどと洗面所を覗いているのに気が付いた。


「おはよう、ボインゴくんも洗面所使う?」


 ふるふると首を振るボインゴに、ジョセフを起こしてくるように頼んだ。もうそろそろ八時も近い。起こしても問題ないだろう。起きてきたジョセフと挨拶をして、やはり格好いいんだなあとまじまじと見つめて思った。朋子さんの気持ちもちょっとだけわかる。いや、既婚者は絶対になしなんだけどね? それくらい格好いいんだよね、ジョセフ。
 ジョセフが洗面所で顔を洗ったりしている間に着替えを済ませ、ボインゴと座って他愛もない話をした。といっても、ホル・ホースに浚われてきたときの話なので、他愛もないわけでもなかったが。


「ナマエちゃん、ボインゴくん、そろそろ行こうか?」

「そうですね」


 荷物も最近微妙にお世話になっているネイルハンマーと、以前ヴィトに渡された謎の物体だけを持って、他のものは置いておく。どうせ帰ってくるのだし、荷物は戦うときに邪魔になると思うので、特に要らないだろう。
 ボインゴと手を繋ぎながら部屋を出て、食事が出来るラウンジに向かった。そこには早くも人が集まり始めていて、承太郎は外国人の中に混じっていても身長が高いのですぐにわかる。そして、その横にすこし懐かしくなってしまった顔を見つけ、思わず笑顔で駆け寄っていた。


「花京院くん!」

「ナマエさん! お久しぶりです、お元気でしたか?」

「うん、元気元気!」

「てめーは肩撃たれてんだから元気なわけねーだろ」

「う、撃たれた!? ……大丈夫、なんですか?」


 花京院の言葉には、わたしの肩のことだけでなく、以前銃で死ぬほど動揺していたことも言っているのだろう。にっこりと笑みを作って大丈夫であると主張する。少しばかりずるをして痛みをなくしているので、本当に大丈夫としか思えないのである。


「なんなら見る? 生傷の銃創だよ。滅多にお目にかかれないし、」

「え!? い、いや、大丈夫です!」

「馬鹿か、おまえ」


 真っ赤になった花京院を見て、ああそうだこの子純情ピュアボーイだったんだと思い出したが、それにしても最近の承太郎はわたしに対して厳しすぎでは? これ、ポルナレフと扱いの枠一緒でしょ? ボインゴに空条くんはひどいねぇと刷り込むように教え、みんなが集まったところで食事となった。
 エジプトの食文化は食あたりの危険さえなければ割りとわたしにあっていたので、もう食べられなくなると思うとちょっぴり寂しい。だけどそろそろ日本食も恋しいので、いい時期なのかもしれない。ああでも日本よりフランスやイタリアが近いのだから、そっちに行ってみたいと言う気も……ドイツも捨てがたいかな……黒ビールにヴルスト……じゅるり。


「五十日間旅をしてきて、今日、ようやく、“やつ”と対面することになる」


 逃避するように暢気なことを考えていると、重みのある声が聞こえた。紛れもなくジョセフの声で、この場にいる皆が食事をやめ顔を向け、それに聞き入っている。……きっとジョセフは誰よりも辛かったことだろう。孫を戦火に巻き込んで、娘を助けなくてはいけなくて、責任者としての重みもひどく。あの笑顔の下にどれほどの苦悩があったのか、わたしにはわからないけれど。それでも彼は娘のために、そしてわたしたちのために頑張っている。


「わしと承太郎の身内を助ける目的で旅に出たわけだが、関係のないアヴドゥルやナマエちゃんを巻き込んだこと、本当に申し訳ないと思っている。そして、心からお礼を言おう」

「ジョースターさん……」

「花京院やポルナレフ、そしてホル・ホースにダービー、ボインゴくん。ここまでこれたこと、皆に本当に感謝している」


 ジョセフがそう言って頭を下げた。こうして今更お礼を言われると、なんだかすこしだけむず痒いように感じた。それは特にポルナレフのようなお調子者や、先日まで敵だったホル・ホースたちも感じたようで困ったような表情ではにかんでいた。皆、最早協力することが当たり前になっているから。


「ここからも、皆の協力なしに事は進められないだろう。だが、自分の命を最優先してほしい。生きてまた、こうして食事を取ろう」


 勿論だと皆が笑顔でそれに応える。きっと怪我人だらけの食事会になるのだろうな、と想像してすこし笑えた。
mae ato

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