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 SPW財団に預けられていたイギーと合流して、昨日も訪れたDIOの館に向かう。わたしたちは昨日とは全く違う空気に包まれていた。これで最後。みんなの命がかかる、長い戦いになるだろう。これからはひとつひとつの行動が、全て生死に関わってくるのだ。ぴりぴりとした緊張感やプレッシャーが背筋や腹の内側を走り回るように刺激している気がした。


「おい、なんだ…急に冷や汗が出てきたぞ……この精神にくい込むような圧迫感は………」

「昨日は感じなかったんだがな……いる……この感覚はまちがいなくヤツだッ! やつは今この館の中にいるッ!」


 門番のいない門扉がゆっくりと開く。まるでわたしたちの到着を待ちわびていたかのようだった。きょどきょどと随分広い庭の横を通り、館の入り口近くまでたどり着くと、ガチャンッと鍵が外れた音のあと不意に扉がひとりでに開いた。さあ、入って来いとばかりに悪意がぽっかりと口を開けている。誰がごくり、喉を鳴らした。目線だけで合図をして、ポルナレフが先を行き、扉からそっと覗き込んだ。


「おい、見ろよ。このろーか…終わりが見えねーぜ」

「幻覚を見せるスタンド使いがいるらしいからな……そいつじゃあないのか?」

「ポルナレフ……ドアの中に飛び込むなよ……DIOの前に他のスタンド使いが出てきてもおかしくはないんだからな」

「ああ…… !! なんだッ!? なにかがくるぞッ!」


 浮かんだ状態のまますごい勢いでテレンスがやってきた。現実で見るほうが漫画よりもよっぽどシュールな映像である。思わず空気も読まず、その光景に噴き出した。なんだわたし、余裕じゃないか。少々冷たい視線が向けられたように感じたけれど、まあ、気にしない。みんなだって笑ったらいいのに。こんな緊張した状況でなければ大爆笑間違いなしのとんでもない移動法でしょうこれ。浮くんならもうちょっと浮け。
 わたしが笑ったことも気にせず、テレンスはこちらに恭しく頭を下げてみせる。そして集団の中に己の兄を見つけるとくすりと笑った。嘲笑ったのである。……えー。予想外だ。わたし、この人、嫌いだ!


「ようこそ、ジョースター様。お待ちしておりました。わたしはこの館の執事です」

「……前置きは結構です。あなたがテレンスさんですね」

「おや、ナマエ様はせっかちでいらっしゃる」

「うふふ、実に不愉快です。名前を呼ばないでいただきたい。耳が腐ります」


 その端正な顔面に金槌を叩き込んでやりたい気分だった。笑いながらもはらわたが煮えくり返りそうなわたしとは対照的に、テレンスはまだ綺麗な笑顔を保ったままだ。余裕のない相手を見て楽しんでいるのだろう。何故だろうか、ダービーならともかくテレンスにやられると、たまらなく不愉快だった。わたしから視線を逸らしたテレンスは、ダービーへと笑いかけた。また。侮蔑の笑みだ。


「ダニエル兄さんはそれで、どうしたんですか? ナマエ様に負けて、のこのことDIO様を裏切り、それで、腰抜けのあなたが何をしにここへ?」

「……わたしは、お前に勝ちに来たんだよ」

「ははは! それは面白い冗談だッ!」


 本当に腹を抱え、これ以上に面白いことなどないとばかりに笑うテレンスを見て、少しばかりプッツンと行ってしまったのだろう。腰から金槌を抜き取り、そのまま勢いよく、テレンス目掛けてぶん投げた。ぎりぎりのところで気付いたテレンスはアトゥム神でそれを弾いた。当たればよかったのに、と舌打ちを噛ます。周りがぎょっとしたようにこちらを見たが、わたしは次いで言葉を発した。


「すみませーん、手が滑っちゃってー。でも心が読めるんですよね? あなたが無事でよかったです」


 わざとらしくにっこりと笑みを作ってやれば、テレンスはわかりやすく苛立ったようだった。調子に乗って舌をんべっと出した挙句中指までおっ立ててやると、周りからは女の子が云々と場の空気も省みず怒られたがそんなことを気にするわたしではない。おかげさまでテレンスを煽ることには成功したようだ。唇の端がぴくぴくと引きつっているのが見える。すこしだけ由花子を思い出して怖くなったが、テレンスが相手ならば怖くもなんともない。由花子は怖い。いやあの子ほんとこわいのよ。ほんとに。


「……よろしい、ならば相手になって見せましょう」


 ずずず、とまるで最初からそこに存在していたかのように床に穴が開く。しかしわたしが対戦するわけではないので、ダービーを踏み台にして、落ちるのをどうにか回避した。穴に落ちていった承太郎とポルナレフを助けようとして、花京院とジョセフがスタンドを伸ばす。が、いつの間にか穴の中にいたテレンスに引っ張られ中に落ちてしまった。ジョセフは原作のように十分後に火を放つように告げながら。わたしの隣にいたボインゴが、初めて笑みを見せた。


「い、行って、きます」

「! 気をつけてね!」


 そしてぽっかりと開いた穴に自分から飛び込んでいった。行動力があるのかないのかよくわからない子ではあるが、ダービーについて行ってくれたのだとすこしばかり安心した。穴が閉じて、残ったのは三人と一匹。アヴドゥルとホル・ホース、イギー、それからわたし。原作のメンツとは少し違う。


「ナマエ、穴に落ちた方が良かったんじゃねーのか? おまえは戦闘っつーより心理戦のほうが強そうだしよ」

「……わかっててこっちに残ったんですよ」


 すこし奥まで進み、先ほど投げた金槌を拾い上げる。ひんやりと冷たいそれが、自身の内から溢れ出る恐怖なのか、はたまた金槌の冷たさなのかはわからなかった。
mae ato

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