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「さっ、先回りされているッ!」


 床に大きく開いた穴を見て、ホル・ホースが叫んだ。その声に皆がスタンドを発動させ、警戒態勢に入った。あのアヴドゥルが簡単にやられるほど、恐ろしいスタンドなのだ。イギーの鼻にも引っかからず、生物を感知できるはずのマジシャンズレッドに反応さえしない。全員で背中をくっつけあい、キョロキョロと忙しなく周りを見渡したが、軌道が見えなければそのままやられるしかない。


「イギー、ザ・フールで砂を目一杯ばら撒ける?」

「なるほど……! その手があったか!」


 イギーはザ・フールで砂を部屋いっぱいに撒き散らす。どきどきと心臓の音がうるさい。削られていく砂が、たしかに軌道となって見えた。この方法が有効であるとわかってはいても実際に成功するまでは不安で堪らなかった。いや、いまだって不安だ。これは逃げるための方法でしかない。マジシャンズレッドが火を噴き、エンペラーがクリームを追いかけていく。


「ヴィト! 防護壁を作って!」

「是!」


 先に防護壁を作ってしまえば、こちらからは攻撃できなくなる。しかし炎も銃弾もクリームの前では無意味とばかりに、なにもないはずの空間がなくなっていく。そして、がつん、と防護壁にクリームがぶつかった。やぶれることはないのだと、安心した一瞬、嫌な音が聞こえた。──がりがりと削れていくような?


「伏せてッ!!」


 上に乗るようにして、無理やりに頭を下げさせた。ぱりん、と砕け散る音のあと、防護壁が消失した。クリームは、ヴィトの防護壁でさえ簡単に奪っていくのか。皆が立ち上がり砂煙を起こしながら、隠れる場所を探すようにして逃げる。どう、立ち向かえばいい? 必死に頭を回転させるが、わたしにはわかりそうもなかった。首根っこをつかまれ、身体が浮いて引っ張られる。何かと思えばホル・ホースだった。イギーが作った砂の中に、息を殺し、隠れる。この展開は、


「さわがしいな……………ヴァニラ・アイス………………」

「ハッ! ディ…DIO様ッ!」


 イギーが砂でDIOの偽者を作り、後ろから攻撃しようとしていた。ああ、駄目だ。このままでは、あの筋書きをたどってしまうではないか。ヴァニラが攻撃に振り返る直前、思い切り金槌を投げつけた。ちょうど偽DIOにクリームの攻撃があたる瞬間、偽DIOの頭を貫通して、ヴァニラの顔面にぶつかった。その瞬間、イギーが偽DIOでヴァニラを切り裂く。


「うぐぅッ! クソ…クソがあッ!」


 偽DIOを完膚なきまでに破壊したヴァニラは、標的をわたしとイギーだけに限定した。そうだ、怒れ。ここでクリームを使われたら死んでいただろうが、生憎、運は悪くない。腹へ深い蹴りが一発二発と容赦なくめり込み食い込んでいく。朝食べたものが出そうだとか、そんな甘いものではない。一発で内臓が悲鳴を上げた。そのまま破裂してしまいそうなほどの圧力で、いろんな内臓がシャッフルしそうだった。すでに痛みを止めていたのが功を奏し、痛みで何も考えられないなんてこともなく、後ろでアヴドゥルとホル・ホースが姿を現したヴァニラを攻撃しているのが見える。ヴァニラは両方の攻撃を一発ずつ受けると、クリームの中に潜り込み、二人の足を片方ずつ奪っていった。ふたりとも動けなくなる。どすどすと足音を立てたヴァニラが近づいてきて、わたしを見下ろす。ああ、これは、かなりやばいなあ、なんて思うのに自然を口が笑っていた。


「そこで無力に見ていろッ!! わたしにDIO様の『姿』を壊させた犬と、DIO様の『姿』を壊した女の憐れな末路をなあァっ──ッ!!」


 イギーを庇うようにして、膝立ちで立ちはだかってみる。痛覚を消しているのに動きにくい身体は、それだけヴァニラの蹴りが凄まじかったせいだろう。現にあのイギーが二発食らっただけでこれほど大人しくなってしまっているくらいだ。武器になるものは何も持っていない。
 ヴィトに能力を止めさせてもらおうと思っても、残念なことに、もう、うまく声が出ないのだ。身体が揺れて、かつん、と自分の身体から何かが落ちた。いつの日か、ヴィトに渡された、よくわからないもの。触ってみれば、案外硬いものだった。何にもならないだろうけど、ないよりはマシだと手に握り、構えた。わたしは、最後まで抵抗する。


「死ね」


 目の前が真っ赤に染まる。──嗚呼、やってしまった。わたしの唇はそれでも笑っていた。
mae ato

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