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「なん、だよ、これ!」

「これは…もしかしてアヴドゥルさんやナマエさんたちが闘っているあとなのでは…?」


 ぽつりと花京院が呟いた声に反応して、ポルナレフがこうしてはいられないと駆け出していく。待て! と声をかけたところであいつが止まれないのはわかっていたが、案の定じじいの言葉を無視してポルナレフは先に行ってしまった。軽く舌打ちをして、追いかけたい気持ちを押し殺した。壁を何かで刳り貫いたかのような凶悪な跡を見て、仲間が心配にならないほうがおかしい。だが先にダービーとボインゴたちを外に連れ出してやらなけばならない。ここからは心理戦など超えた、DIOとの戦いなのだから。
 ポルナレフのことは花京院とじじいに任せ、おれたちは入り口に向かう。すると、そこにいたのは、ひどい怪我を負ったアヴドゥルたちだった。


「ああ……承太郎か……」

「アヴドゥルお前、足と腕が……ホル・ホースも、足がねえじゃねーか……」

「そうなんだよ。ヴァニラの野郎にやられちまってな。ま、勝てた挙句、誰も死んでねーんだ。ヴァニラ相手に命あるだけ儲けもんだぜこりゃあ」

「いや待て。……お前ら、それだけやられてて、笑ってるなんて異常にしか見えないぜ」

「実は、痛覚と出血をナマエに止めてもらっているんだ。そうじゃなかったら今頃死んでいただろうな」


 そう笑うアヴドゥルも、それにつられて笑ったホル・ホースも、腕や足がないのに元気そうでひとまず安心した。ちらりと視線を向けたナマエは頭から被ったんじゃないかってくらいにこの中の誰よりも血まみれで、正直心臓が止まるかと思った。するとナマエは苦笑い気味に、わたしの血じゃない、と言う。それがアヴドゥルたちのものなのか、はたまた敵のものなのか……聞くことはしなかった。ナマエは泣きそうになっているボインゴに笑いかけた。


「ごめんね、驚かせちゃって」

「だ、大丈夫、なん、ですか?」

「うん。怪我ひとつないよ。ボインゴくんは?」

「だ、大丈夫、です」

「そう。よかった。ダービーさんは、どうでした?」

「……勝てたよ、きみのおかげで」


 そう笑ったダービーとボインゴにアヴドゥルとホル・ホースのことを任せ、怪我がそれなりにひどいイギーも連れて行ってもらうことにした。昨日入院していたSPW財団の医師がいる病院まではホル・ホースが道を知っている。おれたちもDIOとの戦いが終われば、そこにぶち込まれることになるだろう。
 彼らが館から離れたのを確認し、おれとナマエはポルナレフたちのあとを追う。走りながら、あ、そういえば、とナマエが先ほどから浮かんでいたものを紹介する。


「これ、ヴィトの進化形ね」

「そうだろうな」

「え? 本当に? すごい。こんなに見た目変わったのに」

「……わかるもんはわかるんだよ」


 前回のホラー映画でも見たことのないようなクリーチャー姿からは一変し、大理石のような美しいフォルムの白く清い姿だった。頭に乗せられた花以外、まるで飾り気のない修道女のような姿のヴィトは、目を瞑ったままで表情を読み取ることなどはできない。神々しささえ感じるヴィトが、いままでで一番ナマエに近いと思った。
 へえ、と呟くナマエにそれを伝える気は毛頭ないが。向かったと思われるほうに走っていくと、壁の前で立っているじじいと花京院を見つけた。


「じじい、花京院。どうした」

「今から壁を壊すとこだったんだ… !? ナマエさん、そ、それは、大丈夫なんですか?」

「ん? ……ああ、びっくりさせちゃってごめんね。平気だよ、他の人も怪我はひどいけど死にはしないと思う」


 壁をぶち抜きながらアヴドゥルたちのことを伝えると、ふたりは悲痛な顔はしたものの、やはり生きていてよかったと笑った。バルコニーを回り、階段のあたりの壁をぶち抜こうと近づく。中からポルナレフの怒号が聞こえた。勢いよく壁を壊せば、階段の上で人が飛び去るのが見えた。


「今のがッ! DIOだなッ!」

「やつを追う前に言っておくッ! おれは今、やつのスタンドをほんのちょっぴりだが体験した」


 追おうとした全員に、汗だくのポルナレフがそう告げた。視線が向けられるとどもりながらも、体験した事象を、ゆっくりとつむぐ。DIOとの対峙はポルナレフにとってはじめてではないはずだが、それでも余程の恐怖だったのだろう。聞いているおれたちにもその緊張感がじわりと移った。


「おれは、“奴の前で階段を登っていたと思ったら、いつのまにか降りていた”んだ」

「どういう……ことだ」

「な…何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった………気をつけてくれ、催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ」


 ポルナレフの言ったことをどうにか理解しようとしても、おれには消化しきれないものだった。ホル・ホースは『DIOの後頭部を狙い銃を構えていた自分の背後を、部屋中の蜘蛛の巣に触れることなく一瞬で取った』と言った。ポルナレフは『自分が階段を上ったはずなのに降りていた』と言う。前者の方は素早い動きを特化したものだろうと推測が立つが、後者の方を入れると余計にわからなくなっていく。能力の謎はまだ、解けそうにない。しかしそれでも、おれたちはDIOを倒さなければならないのだと、足を進めることしかできなかった。
mae ato

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