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 ヌケサクという男が袋から出され、DIOの居場所へと連れて行かれる。一切日の光の入らない三階の部屋は冷え切っていた。地下に作れば日も入らないのに、馬鹿と煙は高いところが好きなのだろう。閉じられていた窓をスタープラチナでぶち壊し、開いてみせると日の光が入ってきた。まだ明るい太陽は少し傾きかけているように見える。──早くしねえと。


「承太郎、おまえは棺桶の右へ行け。ポルナレフ、おまえは左側だ! 花京院とわし、そしてナマエちゃんは中央だ。出てきたら攻撃する。ヌケサク、おまえがその棺桶のフタをあけろ」

「ひ、ひいいえええ」


 ヌケサクといわれた男は妙な悲鳴を上げ、どうしようもない言い訳を延々と繰り返しながらなかなかあけようとしていなかった。じじいがヌケサクを怒鳴り、一喝すると言い訳からDIOの力を借りたいと言う本当にどうしようもないものに変え、棺桶を開いた。ゆっくりと開いていく、その棺桶の中にいたのは、他でもないあけていたヌケサクだった。細切れになったヌケサクが、信じられないとばかりに天井を仰ぎ、こちらへと手を伸ばしている。──何が起きたのか、体験した自分たちにもわからない。そう感じさせる能力であることは、ポルナレフの言葉以上に自覚できた。


「だれか今…ふたを開けていたはずのヌケサクが棺に入った瞬間───いや、入れられた瞬間を見た者がいるか?」

「い…いや、見えなかった。しっかり見ていたが、気がついた時は、すでに中に入っていた!」

「ポルナレフのいうとおり。これは超高速だとか錯覚だとかでは…決してない」


 皆が冷や汗を垂らしながらショックで固まったままだと言うのに、DIOは襲ってこようとはしていなかった。どこかに隠れているはずだと周りを見渡していると、何かが粟立った。──ここにいてはいけない。全身の何かがそう告げている。それを感じ取ると同時に、おれは叫ぶように声を発していた。


「やばい! なにか、やばいぜッ!」

「逃げろ──ッ!!」


 おれの声に反応したのか、あるいは誰もがその恐ろしさを感じ取ったのか、先ほど壊した窓から逃げ出した。ポルナレフだけはその場で倒したかったと言うように、残っていたが、じじいが無理やり外へ連れ出した。あそこにいたら確実にやられていたと言うじじいと、いままでのどのスタンドよりも凄みがあると言った花京院。どちらの意見にも賛成だった。今までのどのスタンドよりも、あいつは段違いに恐ろしいものであったといわざるを得ない。
 事態をさらに悪化させたのは、一階の少し出っ張った屋根に着地したおれたちの目に飛び込んできた沈みかけている太陽だった。このままでは夜、あいつが一番いいコンディションで闘わなければならなくなるだろう。ぽつり、じじいがまずいと呟いた言葉に、ポルナレフは噛み付いた。


「いっておくがジョースターさんッ! おれはこのままおめおめと逃げ出すことはしねーからなッ!」

「ぼくも、ポルナレフと同じ気持ちです」

「わしだっておまえらと同じ気持ちだ。しかし、状況が変わった! やつのスタンド『世界』に出会ったのにどんな能力なのかカケラも見えない………DIOはこれから必ずわしらを追ってくるッ! 日の出前に仕止めようとするじゃろう! その間に、必ずヤツのスタンドの正体を暴くチャンスがあるッ! そのチャンスを待つんじゃッ!」

「いやだッ! おれは逃げることはできねへぶッ!」


 頭に血が上りきった言い合いに水を差したのは、いままで一言も口を挟まなかったナマエだった。ポルナレフの顔面を思い切り平手打ちして、この言い争いを中断させた。結構な威力だったのか、はたまた油断していたからなのか、ポルナレフが後ろに転がるほどだった。にっこりと笑った顔には、何故か余裕さえ窺えた。


「落ち着いてください。仲間割れしてどうするんですか。ピンチのときほど笑顔でいろって習いませんでしたか?」

「……ナマエ、」

「さ、ここで空条くんはどう思う?」


 不意にふられた言葉に、頭の中で考えを巡らせる。一旦引きながら追ってくるDIOの秘密を暴いてからだとするじじい。逃げることはなく、立ち向かっていくべきだとするポルナレフ。両手の指を向き合わせるようにして前に出す。


「ポルナレフは追いながらヤツと闘う………じじいは逃げながらヤツと闘う………つまり、ハサミ討ちの形になるな…」

「承太郎!」

「じゃあ、そんな感じでいきましょう。それなら構いませんか? ジョースターさん、花京院くん」

「……ああ。そうだな」

「ええ、勿論です」


 簡単な議論で、後ろから追いかけるのがおれとポルナレフ、逃げるのがじじいと花京院、ナマエになった。お互い健闘を祈る、と、励ましあい、それぞれが別れて作戦に入る。先に行ってしまった猪突猛進なポルナレフを追おうと踵を返したそのとき、不意にナマエがおれの腕を掴んで引き止めた。なんだ、と問う前に、真剣な眼差しに貫かれた。


「DIOのスタンド能力だけど、多分、空条くんも同じ能力を持ってるんだと思う」

「?! どうして、そう思った?」

「たしか、DIOはもうひとつの能力をもっていたでしょう? その能力は、ジョースターさんと同じ。だったら……」


 とん、と胸を叩かれた。ナマエはそれだけ言って、笑顔で去っていった。思わず自分の手を見つめた。たしかにおれには能力と言う能力は、ないのかもしれない。すさまじいスピードと精密な動きを得意とするだけが能力であるとは思えない。おれが──DIOと同じ能力を、持っているかもしれない。これで打破することができれば……。ぐ、と拳を握り締め、ポルナレフのあとを追った。
mae ato

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