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 ジョースターさんが大金をぽんっと渡してやると車の運転手は、今まで嫌がっていたのが嘘のように嬉しそうな笑顔で車を譲ってくれた。運転席にジョースターさんが乗り込み、ぼくも助手席に乗り込んだ。ナマエさんも後部座席に滑り込むと、ジョースターさんは勢いよく発車させた。承太郎たちは大丈夫だろうか、と少し心配になるが、人のことを心配している場合ではないだろう。後ろを見ても誰かが追ってきているわけではなかったが、ジョースターさんもぼくも、ナマエさんもしきりに後ろを気にしていた。


「やつがかもし出しているドス黒い雰囲気は依然として遠くならない。追ってきているのだ、やつはわしらを追ってきている!」

「DIOにはジョースターさんの位置が正確にわかるのですか?」

「いいや……やつの肉体は、わしの祖父、ジョナサン・ジョースターの体………不思議な肉体の波長のようなもので存在を感じるが、『近く』というだけで場所は正確にはわからない…やつが感じているのはなんとなく『ジョースターが近くにいる』というだけで、わしと承太郎の区別もついていない…二手に分かれたことにも気づいていないはず…」


 ならばぼくたちにも勝機がないわけではないだろう。とはいえ、相手は夜の吸血鬼だ。楽に勝てることはないだろう……まずは能力の秘密を探らなければ。不意に後方から、人々の悲鳴が聞こえてきた。三人が三人振り向くと、歩道を猛スピードで走る車が一台。なんてひどいことを……するんだ。無関係の人間を巻き込むだなんて。ジョースターさんの苦々しい声が漏れた。


「もうここまで来おったか…ッ!」

「! あれにDIOが?」

「ああ。あんなことするやつも他にはいないだろう」


 精神を集中させ、ハイエロファントグリーンをDIOのところへ向かわせる。車に乗っていたのは、間違いなくDIOだった。忘れたくても忘れられない憎らしい顔を見つけ、湧き上がった衝動を抑え、エメラルド・スプラッシュを放つ。しかしそれは指一本で簡単に弾かれてしまった。想像している以上に吸血鬼は頑丈なのだと思い知らされる。もう一度エメラルド・スプラッシュを集中的に放ったが、それも簡単に弾かれてしまう。
 突然、ハイエロファントグリーンの目前までやつのスタンドが迫っていた。胸の前で両手をクロスさせガードするが、接近パワー型であったらしく、ハイエロファントグリーンは勢いよく吹き飛んだ。


「気をつけろッ! 花京院ッ! やつに近づき過ぎじゃぞッ!」

「す…すみません。つ…つい…」


 数ヶ月前、やつは言った………『ゲロを吐くぐらいこわがらなくてもいいじゃあないか…安心しろ…安心しろよ…花京院』──あの言葉が脳みそにこびり付いて、離れない。ぼくはやつを倒さない限り、一生負け犬としての人生を歩んでいくことになるのだろう。──くそ……二度と! 二度と…負けるものか……!


「花京院くん、怪我が…」

「大丈夫か?! …はっ! ワ…『世界』を見たのか!?」

「ええ…今ぼくは10mの距離から攻撃しましたが、あと少し近づいていたらやられていました……」


 ぼくはジョースターさんとナマエさんに今わかったことを二つ話した。ひとつは接近パワー型であり10m以上は本体から離れられないこと、そして拳で攻撃してきたことから弾丸などの飛び道具は持っていないこと。それらのことからどうにかして、やつのスタンドの秘密を暴くための策を考えなければならない。10mより近づかなければわからず、しかし近づき過ぎれば殺されてしまう。


「おかしい…やつの車が停止したぞ…」


 ジョースターさんの言葉に、くるりと後ろを振り返る。たしかに車は停車していた。追って来るのに問題が出たというのか? それならば早々に新しい車を用意するのではないだろうか。
 思考をめぐらせていると暗い影が見えたような気がした。目を見開く。思わず叫んでいた。


「気をつけてッ! 何か飛んでくるッ!」


 バックガラスを割って飛び込んできたのは、見知らぬ人間の死体だった。フロントガラスに当たり、ジョースターさんの握るハンドルがぬるりとすべり、運転が乱れる。目の前には民家の壁が迫っていた。車から飛び出す。とっさにナマエさんの姿を探したが、ナマエさんも無事に外へ出てきているのを確認できた。DIOがぼくたちの方に近寄っているのがわかる。エメラルド・スプラッシュを食らわせることができないのは、かなりの痛手だった。もっとぼくが離れ、それでいて連続で攻撃しなければ……
 ──っ!
 足が止まった。ジョースターさんがぼくに止まるなとばかりに怒鳴っているのが聞こえたが、それどこではなかった。DIOの姿をはっきりとこの目に収める。


「思いつきました。DIOのスタンドの正体をあばく方法を…」

mae ato

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