03
 露伴の家の中を土足で上がったのは、今日が二回目だ。気を落ち着かせるようにナマエ以外のくだらないことを考えようとしてみた。落ち着くこともなければ、頭は結局ナマエ以外のことは考えられなかった。露伴の仕事場と思われる部屋に二人で駆け付ける。既にクレイジーダイヤモンドを出して準備は万端だったというのに、部屋に足を踏み入れた瞬間、目の前がチカチカした。
 きつく漂う異臭とあまりに酷い惨状。おびただしい量の血液が流れ、臓器が体外にぶちまけられていて、とても生きているように思えなかった。露伴が殺人を犯したと聞いた方が、よっぽど全うな意見なのではないか、と思うだろうと考えてしまう。だけどそれは、見間違えることなんてできないほど、ナマエにそっくりな形状をしていて。死んでいるかもしれない。その予感を吹き飛ばして駆け寄った。ぴちゃりとナマエの血が跳ねる。虚ろな瞳がほんのすこしだけ動いて、確かにおれを見た。


「クレイジーダイヤモンドッ!」


 叫ばずにはいられなかった。中身を溢れ出していた臓器と血液が腹へと戻っていく光景は異様なものに違いなかったが、それでもほとんど聞こえていなかったはずの呼吸音が湿った咳へと変わり、妙な安堵感を産み出した。ナマエは、生きてる。間に合ったことへの安心からか、それともまた会えたことの嬉々からかはわからないが、ぽたりと涙がこぼれる。しかしふと手をついた先は床ではなく、冷たくも柔らかい何かがあって、ちらりと目線をやって心臓が飛び出すんじゃないかってくらいに驚いた。
 手。おれの一回りも二回りも小さな手が転がっていて、一瞬、吉良のやつが頭を過ったが、あり得ない可能性に首を振り、慌ててナマエの左腕を確かめる。予想通り、そこには手首からぷっつりと綺麗な断面で切断されていて、先は存在していなかった。クレイジーダイヤモンドで左手を治せば、ナマエの荒い呼吸もゆっくりではあるが次第に落ち着いていった。くっついた左手にも温かさが戻る。黒く繊細な睫毛で縁取られた目蓋が、ゆっくり開いて常闇の瞳を覗かせた。


「……、…わた、し、」

「だ、大丈夫か!?」


 掠れているのに湿っぽい声を発すナマエは、ぎこちない動きで起き上がろうとしていた。咄嗟に手を貸して、上体を壁に預けるような体勢をとらせる。目線はまだ事態を理解していないとばかりに、ふらふらと彷徨い、やがて一点に止まると目を見開いた。口がその名前を象るよりも早く、おれの横に立っていた露伴が、ナマエをきつく抱き締めた。


「ろは、ん、ちゃ、」

「…ッ…この、馬鹿……心配させやがって…!」


 露伴の声が驚くほど震えていた。ナマエが小さく笑って、ごめんねと謝った。壁にくっつけた身体を離し、露伴の肩へ体重を預けて、もう一度謝った。露伴がもう一度震えた声を発することはなかった。おれは立ち上がり、こっちを向いているナマエと視線を合わせる。明日また来ると口パクで伝えると、ナマエは一つ頷いて、同じようにありがとうと笑った。
 露伴の家を出てキーが刺さりっぱなしのバイクを拝借して、海に向かう。寝れる気がしない。でも家じゃあ泣ける気もしない。嬉しさも悲しさも安堵も後悔も何もかもまぜこぜになった感情のまま、近所迷惑も考えずに喚いてやった。
mae ato

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