04
 ぱちり。目を覚ますとリビングのソファの上に、仰向けで寝転がっていた。どうして自分がこんなところにいるのか、理解できずに首を傾げ、ぎしぎしと軋む身体をゆっくりと起こした。寝るに至る行程を思い出そうとして、思考は直ぐ様ナマエが帰ってきたことに行き着いた。辺りを見渡してもナマエの姿はない。
 ──まさか。身体中から血の気が引いていく。夢を見ていただけなのではないかという考えを持ってしまい、慌ててナマエを探しに仕事場に向かう。もしナマエが戻ってきたのなら、あそこになんならかの痕跡があるはずだと、考えてのことだった。


「露伴ちゃん?」


 リビングのドアに手をかけたところで、後ろから声がかかった。勢いよく振り向けば、驚いた顔のナマエがカップを二つ、トレイの上に乗せて持ってきていた。キッチンの方からやってきたナマエは、昨日のぐしゃぐしゃな穴の空いた血のついた服から着替えてはいたが、まだ風呂には入っていないらしく髪や皮膚に血や汚れがひどくこびりついていた。……夢じゃあ、ない。ほっとして大きく息をついた。
 夢ではないのだ、ナマエが酷い怪我で帰ってきたことも、仗助を迎えに行って治してもらったことも、思わずぼくが泣いてしまった屈辱的な事実も。そして大した話をするわけでもなく、ぼくはナマエにおやすみなさいと言われ、寝てしまった記憶まである。
 多分、ナマエはなかったことにしたり、笑い話にする気はないのだろう。そういった素振りも見せず、テーブルにトレイを置くとぱたぱたと一度キッチンに引き返した。水音が聞こえる。戻ってきたナマエは、ずっと突っ立ったままのぼくに温かい濡れタオルを差し出した。


「死にそうな顔してる。よかったら使って」

「……ああ、そうする」


 誰のせいで死にそうな顔をしてると思っているのか。ナマエは知らなくてもいいことなのでそんな嫌味を言う気はないが、一瞬そんなふうに思ってしまった。寝ていたソファに戻って腰を降ろす。ナマエもぼくの反対側に腰を下ろして、テーブルの上に置いてあったカップをぼくに渡す。中にはコーヒーが入っていた。ブレンドの黒い黒いコーヒー。それを煽るように飲み込むと、家の外でバイクの音が聞こえた。ぼくのバイクの音によく似ている……おい、昨日、ぼくはバイクの鍵を外すのを忘れた気がするんだが。
 自問自答は直ぐ様終わった。素早く立ち上がり、玄関目指して走っていく。思いきり開け放ったドアの向こうには驚いた顔の仗助がこっちを見ていた。バイクは……ある。


「どうしたんだよ露伴。びっくりしたじゃねーか」

「今、ぼくのバイクと同じ音が聞こえたからな……盗まれたと思って慌てて来たんだ」

「あ、それはおれ」

「はあ?」


 どういうことだと顔をしかめる。仗助はぼくのその様子に、呆れたような表情でため息をついた。昨日は助けてもらったが、やはり仗助に舐められてると思うといい気分は一切しなかった。


「昨日、露伴が迎えにきてナマエが助かって、おれは帰ったわけだ。だけどさすがにあの時間に歩いて帰るのは辛いし、露伴のバイクにキー刺さってたからそのまま借りたぜ」

「…………まあ、いい」


 ナマエの命がかかっているとは言え、非常識な時間帯に非常識にチャイムを鳴らしまくって無理矢理連れ出したという自覚はある。その分を差し引けば、怒鳴るわけにもいかないだろう。それに持ち去ったわけでもなく、きちんと返しに来たのだから大目に見てやってもいい。


「入れよ」

「…………ああ」


 勿論、仗助もそれだけの為に来たわけではない。もしそれだけならこんな朝も早くから来る意味などないだろうし、あんなことがあって何も聞かないはずがない。仗助を連れてリビングに戻ると、ナマエはもう一つのカップを持ってきており、ソファへ座っていた。


「仗助くん、はい」

「、ありがとな」


 席についた仗助はカップを受け取り、コーヒーを口へと含み。ナマエも自分のカップを口へと運び、すこしの間、静寂が支配していた。かつん。ナマエのカップが音を立てて、テーブルの上に乗る。それを合図に、ナマエは言葉を切り出した。


「まず、二人とも、ありがとうね」

mae ato

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