03
「わたしは日本人の学生で、ただの一般人です。……スタンドを使えること以外は、ですが」


 ひどく悲しそうな顔で、ナマエちゃんは笑った。スタンドを使えるということで、何か嫌な思いをしてきたのかもしれない。普通の人間と違う能力を持つのは異端であり、それが有益な能力であったとしても他人が受け入れてくれるかは別の話だ。おれには妹が、シェリーがいてくれた。けれどそういう相手が居ない可能性だって、ある。
 ──ナマエちゃんは、敵じゃねえ。
 役に立つのかわからないが、おれの直感はそうだと思った。おれがチャリオッツを向けたところで、スタンドを出さないのも敵らしかぬ態度。それに彼女はおれを助けてくれたんだ、ここで信じないだなんて、男が廃ると言うもんだ!


「悪かった!」


 チャリオッツを消して、頭を下げる。馬鹿なことを言った詫びは、きちんとしなければならない。ナマエちゃんがおろおろとしている気配がして、顔をあげてください、と聞こえた。 ゆっくり顔をあげれば、困った表情でおれを見つめていた。それが余計におれの良心を痛めつける。こんな少女を疑ってしまったという事実が、心を刺すようだった。


「本当に、すまない!」

「いや、その……よくわかりませんが、ポルナレフさんは誰かに狙われてるんですか?」

「……ああ、まあ、」

「スタンド使いに、ですか?」

「ああ」

「なら、仕方ないですよ」


 納得しているとばかりに頷きながら、気にしないでください、と目を細めて笑う。その姿に、おれは唖然とした。まさに今さっきまで、自分を殺そうとしていたかもしれない人間を、そう簡単に許せる心の広さにだ。こんな少女ならば、怖がって逃げたり泣き出しても仕方ないと思うのに、どうしてそんなことが言えるのだろう。


「その人と戦ってたんですよね? 戦ってるときにいきなり現れたら、不審に思っても仕方のないことだと思います」

「そう、か……」

「はい。……それで、その、ここは、どこなんでしょうか?」


 きょろきょろと周りを見渡す彼女の表情は、実に固い。てっきりここに現れたのはナマエちゃんのスタンド能力だとばかり思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。ならば何故、ここに現れたのか。


「もしかして……ナマエちゃんにも、ここにいる理由がわからねーのか?」

「はい。……あ、でも……初めてじゃあ、ないんです」

「初めてじゃ、ない?」


 おれが訝しげにナマエちゃんを見ると、今までのことを教えてくれた。前に一度、家でぼうっとしていたら突然何百キロメートルも離れた他人の家に飛んでしまったことがあり、しかも帰る家も戸籍もなくなっていたという。ついさっきまで、その住人の厚意で住まわせてもらっていたらしい。
 以前の経験から今回もそうなのだろうとナマエちゃんは考えているようだ。二度目だから慌てることもなく、落ち着いているのだろう。逆に言えば、焦っても仕方ないという諦めかもしれない。ちなみに今回は寝ていたときにここへ来てしまったらしく、パジャマという大変ラフな格好になってしまったそうだ。


「そうか、じゃあまたナマエちゃんの家がないかもしれねーのか……」

「そうですね、ええ」


 ナマエちゃんは苦笑いで、もう諦めてしまっているように見える。そうするしかないのだろう。足掻いても今すぐどうにかなることではないから。そんな彼女がすごく可哀想に見えて、おれは必死に頭を働かせた。
 彼女の周りには誰かしらスタンド使いがいて、その影響でこうして飛ばされているのだろうか? もしくは呪いのように何度も飛ばされるように能力がかけられているとか? いやでも、そんな遠くまで、戸籍の類や家まで消している、というのはおかしい気がする。しかも一回だけならともかく、二回もこんなことがあるというのはどうなんだろうか? ナマエちゃんの作り話……? いや、それはない。ナマエちゃんは嘘をついてる目はしていない。と思う。


「……ああ゛ーッ、わかんねえ!」


 頭をむしるように掻き回して、こんがらがった脳内を一掃する。多分、おれは深く考えるだとか頭を使うだとか、そういうことには向いていない。どっちにしろ他の連中に助けを求めるしかないだろう。もし大使館の類を頼るにしても、おれにはわからないことばかりだ。
 困り顔のナマエちゃんの頭に、ぽんっと手を置いた。安心していい。おれは考える頭はなくても、ナマエちゃんを守る腕っ節くらいはあるつもりだ。


「大丈夫! なんとかしてやるから!」

mae ato

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