五分後。そう約束した時間から、既に十分の時が流れていた。いくら適当なポルナレフと言えど、命が危ないこのときに約束を破ったりはしない。やられちまったか、と全員で駆けつけ、鍵の閉まったドアをスター・プラチナで吹っ飛ばす。直線上に見えたのは、ポルナレフと一人の女。そして、女の背中から出てきた、笑っている気味の悪いスタンド。背筋が凍るというよりは、怖気や吐き気のするスタンドだった。扉が空中で止まる。女がスタンドを消す。扉の落ちる音が響いたが、誰も動くことはしない。視線をゆっくりと上げると呆然としたポルナレフと目があった。
「……、」
「……ポルナレフ、どういうことだ。その女は、敵じゃあねーのか?」
おれの言葉にハッとしたポルナレフは、腕の中にいる女を離し、大丈夫だったかと顔を覗き込んだ。女の顔をこちらから見ることは出来ない為、表情は窺えない。しかし小さく頷いたのが見えた。パジャマ姿で素足の女。近くの部屋に泊まっていた、と考えるのが妥当だろうか。敵かそれともただの一般人……いや、スタンド使いか。
女が何者であるかを考えるおれに対し、ポルナレフはいつも通りの表情で怒っていた。
「承太郎! 危ねーだろッ!」
「……文句なら後で聞いてやる。その女は何者だ?」
「ミョウジナマエちゃんだ! エボニーデビルにやられそうなおれを助けてくれたんだよ!」
やはりエボニーデビルに襲われていたらしい。もう少し早く来てやるべきだったと思いながらも、憤慨するポルナレフを横目に部屋の中を見渡す。ベッドが壊れていたり、冷蔵庫に入っていたであろうビン類が粉々に割れてあちらこちに散らばっている。転がるボーイの死体、そして。
「おい、アレはなんだ」
指差した先にあったのはベッドの上に転がる人形だ。どこかインディアンを彷彿とさせる作り。おれの部屋にあんなものはなかったし、何だか嫌な予感のするものだった。ポルナレフがぎょっとした顔をしてチャリオッツを構えてから、女の顔を覗き込んだ。
「ナマエちゃん、あ、あいつ!」
「ポルナレフさん、大丈夫です。……ヴィトの能力で、動けなくしてありますから」
先ほど見た女のスタンドは確かにスター・プラチナの吹き飛ばしたドアを止めていた。同じようにポルナレフの言った“あいつ”にも能力をかけているらしい。あいつ──言葉から察するに、あの人形は生きている。即ち、呪いのデーボのスタンド、エボニーデビルだろう。
ポルナレフは驚愕の表情で肩を掴み、女のことを問いただしている。
「トドメを刺さなかったのか!?」
「……どうして、ですか?」
ポルナレフの驚きと、女の困惑。やはり敵か、と嫌な空気が広がっていくのを、おれは感じた。珍しいことに花京院だけでなく、じじいやアヴドゥルまでその様子を窺い、話に入ろうとはしていない。女が敵か、判断できないのだろう。だからこそこの会話でそれを判断したいと考えている。ポルナレフは女を責め立てた。
「どうして、って!」
「……あのスタンドの使い手を、わたしに殺せと言うんですか? 誰かもわからない相手を?」
「ナマエちゃん、きみだって殺されかけたんだぞ!?」
「わたしは……」
「もういい」
このまま長々と話に付き合ってやる気は、毛頭ない。ひとまず議論すべきはこの女のことよりもはっきりと敵だとわかっているやつから順番にやるのが効率的だ。女は捕まえておいてあとでじじいのスタンドで探らせてもらえばいい。敵じゃなかったら、その時はその時だ。誠心誠意、謝る。
声をかけて二人の話を強制的に終わらせた。せめてもの情けとも言えるし、あるいは卑怯な真似はしたくなかったからとも言える。スター・プラチナを発動させて、女に向けて構えた。ポルナレフだけでなく、おれの後ろにいたじじいどもまで驚いたのがわかった。
「ポルナレフ、離れろ」
「じょ、承太郎! なんのつもりだお前ッ、スター・プラチナなんか出しやがってッ!」
「今はその女に構ってる暇はねえ。ちぃとばかり眠ってもらうだけだ」
「やめろッ! 女の子になんてこと……」
「女だろうが敵かもしれねーやつに情けをかける気はねえ」
瞬間、ずるりと伸びた緑色がポルナレフを拘束し、女から引き離した。振り向けば花京院が頷いている。おれの意見に賛成ということだろう。ポルナレフがチャリオッツをけしかける前に、おれはスター・プラチナで女を狙った。
女が振り返る、黒い目を大きく見開いていた。しかし女はおれを見ていたわけではない。赤い口、笑う声。縫い付けられた身体。叫び。
「ヴィトッ! だめ!」
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