06
 おれがスター・プラチナで攻撃するよりも早く、女のスタンドがおれの目の前にいた。驚きに目を見開く間もなく、おれの動きは止められた。スター・プラチナを動かすことも当然のように出来ない。気味の悪い怖気のするスタンドは、歯を見せてから理解できぬ言語と音声で哄笑した。 耳と頭がおかしくなりそうだった。
 振りかぶられた小さな腕が見える。防御することは出来ない。アヴドゥルのマジシャンズ・レッドがおれの前に立ち塞がった。


「言うこと聞きなさいッ!」


 自分のスタンドに平手打ちする女に、呆然とする。女はスタンドを振り向かせると、ぎゅっと顔を両手で挟み、眉を寄せた厳しい目線を向けている。その表情はいたって冷静だ。攻撃されていたことなど微塵も感じさせない。


「ヴィト、解除しなさい」

「8C9982BE!」

「嫌だ、じゃないの! わたしのスタンドなんだから、いい加減言うこと聞きなさい!」

「966C82CD88AB82AD82C882A282E082F1!」

「ヴィトが悪いなんて言ってないでしょう。大丈夫だから、ね?」

「……82ED82A982C182BD」


 まるで聞き分けのない子どもをなだめる親子のような会話を繰り広げたかと思えば、女に離されたスタンドがこちらに近付いてきた。周りが警戒する。しかしそのスタンドは舌打ちをしたかと思うと、おれの右頬をぱあんっと叩いた。地味な痛みにおれは眉を寄せて不機嫌さを露にする。


「何しやが……っ!」


 身体が、動けるようになっている。スター・プラチナを自分のところに戻している間に、スタンドは女のところに戻って短いその腕を首に絡ませて抱きついていた。女はとても撫で心地がいいとは思えない鉄線の這うスタンドの頭を撫でている。
 女が顔を上げる。当然のように目が合って、途端頭を下げられた。ぶらりと首に巻き付いていたスタンドが落ちそうに揺れた。


「申し訳ございません」

「……何のつもりだ」

「ヴィトが、襲ってしまって、すみませんでした。殺す、つもりでしたから」


 その言葉にゾッとして、スタンドを見やると、縫いとめられ隠された目玉がこっちを向いている気がした。不自然に赤い唇がにい、と笑う。
 確かに、殺されてもおかしくなったのだ。おれのスター・プラチナより早く動き、動きを止める能力だ。他のやつらのスタンドよりも早く動けることは間違いないはずだ。動きさえ止めてしまえば、例えあのスタンドにパワーがなくとも、なぶり殺すことくらいはできるだろう。


「殺すつもりでした……、ということは、君は敵と言うことかね?」


 じじいが後ろからようやく口出した。いつもの飄々とした空気でありながら、その口元に笑みはない。いつにも増して鋭い目付きだ。たしかに今の言葉はそういうふうにも取れるだろう。けれどわざわざこの女はスタンドを叩くという行為をしてまで、攻撃をやめさせたのだ。同じように何度もスタンドを制している。女は苦笑いをして、首を横に振った。


「わたしが殺すつもりなら、とっくに殺してます」


 それもまた事実だろう。この部屋に入ってきた瞬間、ドアが止まって驚いているおれに、スタンドをけしかけて殺してしまうこともできた。さっきだっておれ一人くらいなら簡単に殺せたはずだ。それに、何と言ってもおれのスター・プラチナよりも素早く動けるのだから、誰も早く動けるのと同義なのだ。いつだって、いまだって、殺そうと思えば殺せてしまうのではないかと背中が冷たくなる。


「ヴィトは、自律型なんです」

「自律型……?」

「え、あ、……知らない、ですか? 自分と、別の意思を持っているんです。特にわたしは、この子を制御できていないんです。ヴィトはわたしが危険な目に合うと、その、……相手を、殺そうとします」


 節目がちに、声を暗くして女は言った。過去に何かあったのだろうか、ふと思ってから詮索しない方がいいと自分の中で結論付ける。普通の神経をしているのなら、まず間違いなく人を殺してしまうようなスタンドを持っていることを怖がるはずなのだから、過去がどうのこうの、と決め付けるのはおかしい。
 女が目を上げる。また目が合った。ゆらり、首にぶら下がったスタンドが揺れている。


「わたしは、誰とも敵対してはいません」

mae ato

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