08
 やった! 三部の原作に参加できる! なんてことは、思わなかった。いや、自分に嘘を吐くのは良くない。ファンとして、まったく思わないわけではない。少しだけ、本当に少しだけテンションが上がってしまったことは認めよう。

 だけど、この旅に参加して、わたしは、戦えるのだろうか?

 第一に危険が付き纏う。命を狙われる。仮にそれはどうにかなったとしよう、ヴィトが守ってくれるとしよう。ただ、ヴィトを使って人を倒せるのか? 倒すだけで済むのなら、実際、何も問題ないはずだ。再起不能。リタイア。そんなふうに表記される人が大半だった。けれど、ヴィトは、殺してしまうのでは、ないだろうか。
 人を、殺してしまう。それにわたしが耐えられるとは、とても思えない。あの人の腕を弾き飛ばした時のことを、まだはっきりと覚えている。飛び散った血肉を目玉は忘れていない。劈くような絶叫を耳は忘れてくれない。あの惨状が脳に焼き付いている。……あれより酷いショックに、わたしは、耐えきれるだろうか?
 わたしの考えが、顔色に出ていたのかもしれない。ジョセフは苦笑い気味に言った。


「勿論、無理にとも、ただでとも言わん。この旅が終わった暁には、家がないと言うのならわしがどうにかしよう」

「い、いえっ、そういうわけでは!」


 別にわたし物を目当てで、一緒に行こうか迷っているわけではない。そんなふうに卑しい子だと勘違いされてしまったらさすがに嫌だ。それに行きたくないと言う理由だけなら、悪いがこの場ではっきりと断っているだろう。わたしは命も惜しいし、死体だってみたくない。できれば、関わらないで生きるのが生物としては正しい選択肢なのでは、と思う。
 でも、わたしには、行きたいと思う、理由がある。
 アヴドゥル、花京院、そしてまだここにはいないイギー。死ぬ人間がたくさんいる。そしてそれを知っているのは、この世界でわたしだけだ。助けられるのも、きっと、わたしだけになる。ヴィトを使いたくない、という理由だけで、断れることだろうか。だって、目の前の人が、死ぬのに。わかってるのに、教えもしないで自分だけ安全なところに隠れるって、最低じゃないか。
 ふと承太郎が帽子を直した。視界に入っていたのだから、自然と目がそちらに向く。


「……二ヶ月以内にDIOを倒さねーと、おれの母親が死ぬ。出来るだけ早く、倒してーんだ。……頼む」


 そんなふうに、承太郎に頭を下げられることになるとは思わなかった。……だけど、そうだよね。わたしはホリィさんが助かることを知っているけど、承太郎は自分のお母さんが死んじゃうかもしれない状況だ。猫の手でも敵の手でも、それが例え悪魔の手だって借りたい、切羽詰まった状況なのだ。わたしだって自分の母がそれで助かるかもしれないのなら、頭を擦りつけても、靴を舐めてもお願いするだろう。
 ……露伴ちゃんは、言ってたなあ。やりたいようにやればいい、気を使わずに好きにしろ、世界は、変えていい、って。
 露伴ちゃんがもう一回、目の前で言ってくれたら、きっともっとはっきり言えるのに。そんなふうに情けない思考で、それでもどうにかいつも通りに笑った口は、少しだけ震えていた。


「……わかりました。わたしが、何の役に立つか、わかりませんが、それでもよければお手伝いさせてください」


 しっかりと頭を下げながら、これからのことと、黙っていなくなってしまった露伴ちゃんのことを考える。露伴ちゃんには悪いことをした。また会えたら、きちんと謝らなければならないだろう。……会えるかは、わからないけれど。
 そしてこれから……わたしにやれるだけのことは、何があったって全てやってみせる。はっきり言えば、人の命なんて重くて重くてたまらない。だけど、それでも、わたしは背負いたいと思った。ぐ、と手を握ると、ヴィトの手まで力が増した。
 一緒に、頑張ってね。ヴィトが嬉しそうに笑う。わたしにしか見えない角度で良かった、悪魔みたいな酷く悪い笑みだ。


「おいおいおい! 待ってくれ! ジョースターさん、承太郎! 女の子を参加させるなんて、正気か!? ナマエちゃんには家に帰るなんて選択肢がねェんだぞ!?」


 まとまりかけた場に水を差したのはポルナレフだ。わたしのせっかく固めた決心を蹴散らすように、ポルナレフは声を荒げる。でも、それも当たり前のことだ。彼の背景を理解していれば、この声は魂の叫びだ。彼は無残な形で妹を亡くしている。年若い女の子が危険にさらされるというだけで、強い拒否反応が出るはずだ。
 そして何より、ポルナレフの言葉は正論だった。わたしにはたしかに選択肢がない。ここでジョセフたちに見捨てられたら、どうすることもできずに野垂れ死ぬことだってあり得る。実際のところわたしは断ったとしてもジョセフが保護してくれるだろうとわかっているから迷ったけれど、初対面の人間の善性など信じようもない。本来わたしはここではイエス一択でしか答えられない場面なのだ。
 あまりにも正論過ぎて、ジョセフと承太郎は押し黙った。反論することができないでいると、追撃のようにアヴドゥルが手を挙げて意見を述べた。


「……わたしも、ポルナレフの意見に賛成です。彼女は連れていくべきではない。もちろん、彼女の能力は強い。彼女が来てくれたら心強いでしょう。けれど、無関係の、わたしたちの言うことを聞くしかない女性を、命の危険のある旅に連れまわすのは反対です」


 それを言ったらアヴドゥルも花京院もほぼほぼ無関係の他人では?と思ったが、まあ、彼らは彼らでDIOとの因縁がある。アヴドゥルは逃げきったが、花京院は捕まったし、DIOが生きていることは彼らにとってもマイナス要因となるとわかり切っている。逃げるよりはまとまって殴りかかった方がプラスになるのも、わかり切っているだろう。
 アヴドゥルはわたし自身に、あるいはわたし自身に付属する性質に思い入れはないだろうが、単純に若い女性を巻き込むのを良しとしない常識的な思考の持ち主だ。なんなら親くらいの気持ちなのかもしれない。外国人のアヴドゥルから見たら、わたしの年齢はずっと下に見えているはずだろうし、余計に心配してくれているだろう。
 二対二の拮抗した意見に、五人目の意見が求められるのは、必然であった。視線が向けられたのは、意見を言っていない最後の一人。ある意味、一番わたしに対する思い入れがなさそうな学生服の青年──花京院である。
 花京院はふうーっとため息をついて、それから皆に視線を向けて行った。わたしのことは、ほんの一瞬。目線があったとも言い難い、そんな一瞬だった。


「ぼくは……どちらの意見にも理解はあるつもりです。ただ、正直なことを言えば、彼女の能力は強すぎます。間違いなく、この中で一番攻撃的で強いスタンドです」


 え、いや、マジ? いやいやいや? それは違くない? 攻撃的なのは認めるけど、強くはなくない? 言うことも聞かないんだよ? 全然スタープラチナとかのが強いでしょ?
 はてなマークを乱舞させているのはわたしだけで、周りはどうやら納得しているようだった。混乱しているわたしに、承太郎が鋭い目つきを向けてくる。エメラルドグリーン。場違いに、綺麗だな、と思った。


「もう一度言う。お前のスタンドは速い、そして近づいたものを止める。それだけで十二分に強い上に、視認しなくとも発動する。少なくとも、近接戦においてお前が勝つ。遠距離戦でも負けることはない。飛び道具を必ず止められるのなら、遠距離攻撃を噛ますよりはバレねェように近づく方がマシかもな」


 解説されると、なんだかそんなような気がしてきた。わたしのスタンドが強いというよりも、ヴィトが別人格別意識で自律しているからわたしの命令なんかなくても動くから、隙が少なくて強いというような感じだ。わたしが視認してから行動となると、ヴィトのスピードがそもそも生きなくなる。言うことを聞かなくてもこうじゃなければ命を守れない。命を守るためなら、


「ええ、単純で、けれど、絶対的に有利な能力です。彼女が敵として現れたらと思うとぞっとします。彼女が敵だった場合、ぼくたちは彼女を先に見つけて、気づかれずに倒さない限り必ず負けます」


 思考がずれ始めた時、花京院の声で引き戻された。そこまでほめてくれると照れちゃうね、ヴィト。ヴィトはわたしに顔を押し付けながら、とても他人には見せられないような笑みを浮かべている。そんな笑顔に当然気が付かず、花京院は言葉を続けた。


「どこかで一人にしておけば、DIOの手先に連れ去られる可能性だってある。言い方はアレですが、彼女をDIOとぼくたちの間に置いただけで向こうが完封できるおそれだってある。だから、連れていくのがお互いにとって、一番安全ではないかと思います」


 …………花京院の意見としては、『連れ去ることができるかは別にして、無理やり敵陣営に連れ去られたら詰みだからこっちで確保しときましょう』である。いや、あの……正直それに関してはまっっっっったく想像してなかったルートですね。わたしと同じように考えもしていなかったのか、誰もが唖然としている。
 でもそうか、攫われる可能性かぁ……。というか……DIO様の味方に付くって選択肢もあると思われてるかも……しれないなぁ、これは。いや、実際あるんだよね、ここでジョースター一行がわたしを確保しない限り、連れ去らずに普通に勧誘するのもあり得るのだ。そして、ジョースター一行に見捨てられでもしたら、必ず靡くと思われるだろう。いやね、そりゃね、普通の女の子がトリップしてこの一行に見捨てられたら、勧誘してくれたDIO様の手を取る選択肢はあってもいいよね。いや……なるほどね……。考えもしなかったな……。


「まさか、誰もその可能性を考えなかったんですか? 敵だと疑ったのに、今後敵になる恐れがあるとは思わなかったんですか?」


 本人は攻撃をするつもりでなかったようで、一番年下からの正論煽り攻撃は心に刺さるようで誰もが黙り込んでいる。一番復活が早かったのはアヴドゥルだ。彼はDIOからの勧誘を逃げきった経験がある。その矛先がわたしにも向くことを、きっと理解しているのだろう。


「そうだな……わたしの意見は軽率だった。スタンド使いと露見すれば、わたしたちと一緒にいるよりも離れている方がよほど危険だ」


 アヴドゥルが自分の意見を取り下げると、視線はポルナレフへと集まった。現在反対しているのはポルナレフだけだ。彼の意見を聞く必要はないとも言えるが、意見の無視はあまり褒められたものではない。その場はよくても必ず遺恨となる。ポルナレフがいいと言うまで、とは言わずとも、多少なりとも納得させなければならないのだ。


「お、女の子がいるってーのはいいよなぁ! 改めてよろしく頼むな、ナマエちゃん!」

「誤魔化しやがった……」


 ポルナレフは始めから賛成していたとばかりにわたしに抱き着いて、ニコニコの笑顔を向けてきた。後ろから抱き着いてきたポルナレフの動きで、ふと、思い出がよみがえる。仗助がこんな風に顔近付けてくることがあったなぁ。もう真っ赤になることもない。首にかかった、プレゼントのネックレスが揺れる。嬉しかった、あのときは。


「はい、宜しくお願いしますね」


 もう、戻れないかもしれないけど。
mae ato

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