「さて、これからまずどうするかね」
挨拶をする間もなくジョセフが部屋の中を見ながら、わたしを含めたジョースター一行に話しかける。──うわ、わたしもジョースター一行なのか……。思わず上がるテンションをどうにか抑えながら、背中にポルナレフ、前にヴィトを抱えたまま話を聞くことにする。
「ナマエちゃんとの買い物や挨拶も必要じゃし、ポルナレフの部屋は半壊してるしのう、やることは山ほどあるが……」
まずはあいつかね、とジョセフの目線の先には、動けないエボニーデビルがいる。エボニーデビルをどうするか、と言うことだろう。勿論このまま置いていく、なんてことはしないはずだ。せっかく捕まえられたのだから、当然話を聞くだろう。アヴドゥルがすっと手を上げた。何か意見があるのだろう。ジョセフがアヴドゥルに喋ってくれと手のひらを向けた。
「本体のデーボは、非常に見付けやすい男のはずです。近くを探して、見付け次第情報を吐かせるのがいいでしょう」
「うむ、そうじゃな」
こくり、ジョセフがアヴドゥルの発案に頷く。周りも特に反論や他の意見はないらしく、ジョセフの方を見ている。勿論わたしもアヴドゥルの意見には賛成なので、とりあえず頷いておく。本当なら全く理解できていないはずなので、適当に頷いているようにしか見えないだろうが、別にそれでもいい。 ジョセフはすこしだけ考えてから、口を開く。
「それじゃあわしとナマエちゃんはここで待機。四人は二人ずつに別れて、デーボを探してくれるか?」
「ジョースターさん、そりゃねえぜ! おれァ、足怪我してんだぜ!?」
「歩けないわけじゃないんだろう?」
「うぐ……! まあ歩けるけどよォ」
ブツブツと言いながらも、ポルナレフはわたしから離れ、承太郎たちと共に部屋の外へ出ていこうとした。代わりにジョセフが入ってきて、にっかりと人懐っこい笑みを浮かべて、わたしに手を差し出した。慌ててわたしも手を差し出す。
「挨拶が遅れたのう。わしはジョセフ・ジョースター、イギリス系アメリカ人で……学帽被ったやつ、空条承太郎というんじゃがな、そいつの祖父じゃ。これから宜しく頼む」
「こちらこそご挨拶が遅れてしまってもうしわけございません。わたしはミョウジナマエ、ご存知かとおもいますが日本人です。こちらこそ宜しくお願いします」
ゴツゴツとした手と握手をしながら、わたしも自然と笑顔になった。こんなニヒルな笑い方のできる人がおじいちゃんだなんて承太郎が羨ましすぎる。ポルナレフが振り返り、わたしを見て笑って手を振った。すっかり彼はわたしを仲間だと認めてくれているらしい。
「じゃあナマエちゃん、ちょっくら行ってくるわ〜!」
「行ってらっしゃい。お気をつけてくださいね」
「あいよー!」
手を振り返してやると嬉しそうに笑って、早々に立ち去っていった。
ドアのない部屋は、なんというか気分が悪い。まだ騒ぎになっていないようで、野次馬が集まっていないのは不幸中の幸いだったが、そのうちにきっと人が集まってくる。その前にできれば移動したいところだが、ジョセフたちがどう考えているのかはわからない。
握手をほどいたジョセフは、わたしに断りを入れてから部屋に備え付けの電話を手にとった。そこからの話は英語で、わたしには理解できなかった。リスニング高得点者とかならわかるんだろうか? 電話している人間を凝視していては、見られている方もさぞかし気分が悪いだろうと、首にぶら下がっているヴィトに構うことにした。
脇に手を入れて持ち上げると、ヴィトが不思議そうな表情でこちらを見てくる。正面から見えていない目とわたしの目を合わせて、笑ってみる。ヴィトも嬉しそうに笑った。可愛い、大好きよ。声には出さずに心の中だけで思って、ぎゅうと抱き締める。ヴィトが声を出して笑って、ぼくも、と言った。
「すまんね。それじゃあ、とりあえず椅子にでも座って」
「あ、わたしは床で大丈夫です。ジョースターさんこそ椅子に座ってください」
電話の終わったジョセフが振り返ってわたしに椅子を勧めてくれるが、生憎この部屋には椅子がひとつしかない。年上の人間を立たせて、わたしだけ座るだなんてことは出来ない。しかしジョセフはハハハ、とアメリカ人らしい笑い方をして、再度わたしを椅子に座るように勧めた。
「女の子を床に、それもガラスの破片が飛び散ってる中に座らせるわけにはいかんよ」
「いえ、でも」
「うーむ、じゃあこうしよう。わしはベッドに座ることにしよう。じゃからナマエちゃんは椅子に座ってくれるかね?」
そんな風に言われてしまっては、座らざるを得ない。お礼を言いながら、勧められたように椅子に座らせてもらう。
そこでふと気付いたのだが、わたしは寝ている間にこちらに来たのだから当然のことながら裸足だ。見たくはないが、足の裏が壮絶なことになっているに違いない。承太郎を殺そうとしたヴィトを止めるときに走ったせいで、足の裏はガラス片が無数に刺さっていることだろう。だって、すっごい痛いんだ。超今更痛みに気が付いた。痛い。口が歪みそうになるのを必死に抑えながら、ジョセフと目を合わす。
「さて、ナマエちゃんには色々と話さんといけないことがある」
優しいながらも真剣な目で、ジョセフが見ていた。DIOがどういう人間であるか、DIOとジョースター家の因縁、それによるホリィさんのスタンド発現、今までどんな敵と戦って、これから何人の敵が来るであろうこと、そしてポルナレフは明確にいうと他の四人とは別の目的があること。
面白おかしい話は当然なかった。これからわたしは、この旅に巻き込まれて行くのだと思うと、少し荷が重いような気はした。つい数時間前にスタンド能力に目覚めたばかりなのだから仕方ない。やるしかない、と心に決めたのだから、しっかりやらなければ。
「大体、こんなとこか。ナマエちゃん、皆はああいったが、守る手段くらいいくらでもある。嫌なら来なくてもいいんじゃからな」
来なくたってちゃんと家だって提供して、きみの安全を保証してあげよう、とジョセフは言った。わたしは驚いて、目をぱちくりとさせて、ジョセフを見てしまう。それからジョセフがまるで孫を心配するような目線であることに気がついて、嬉しくて笑みが溢れた。
「ご心配には及びません。もう決めたことです、女に二言はありません」
「……そうか。ありがとう」
「いえ。少しでも早く、倒せるよう頑張りましょう」
笑ったわたしに、ジョセフも笑ってくれる。こんな風に笑われたら、朋子さんが惚れてしまう気持ちもわかる。だからと言って浮気はどうかと思うけれども。浮気絶許。スージーQ泣かせるとか最低だと思います。魅力的でも浮気、ダメ絶対。
そうしているとこの穏やかな空気を壊すように、怖い顔の男の人が二人、部屋にやって来た。驚いて二人を見ると、ヴィトが警戒体制に入る。ジョセフが慌ててわたしたちに、大丈夫だと言った。
帽子を取った二人の男性が、ジョセフに頭を下げる。英語で話しているためわたしには理解できないが、帽子に“SPW”という文字が見えた。SPW財団の人たち。きっとジョセフが先ほどの電話で呼んだのだろう。少し安心してヴィトの頭を撫でて、大丈夫だと言っても、まだ警戒を解こうとはしなかった。
財団の人たちから何かバックを受け取り、ジョセフはお礼を言った。そして財団の人たちは、担架を置きブルーシートを床に敷いた。そしてブルーシートのかかったボーイの死体を持ち上げた。手がずるり、とブルーシートからはみ出ているのが見えたのだ。息を呑む。やっぱり、そうだった。
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