10
 ブルーシートを被せられた死体が見えた瞬間、ナマエちゃんが顔色を悪くしながら顔の前で手を合わせていた。彼女に近付き、年頃の女の子が気にするかもしれないとは思いながらも、頭をゆっくりと撫でてやる。それを振り払うようなことはされなかった。閉じられていた目が開き、悲しそうに細められた。辛そう、と表現する方が正しいのかもしれない。


「彼にも、家族が、いるんでしょうね」


 か細い声が発せられた。震えていたかもしれない。再び伏せられた睫毛が揺れる。とても辛そうなナマエちゃんが、いい子なんだと改めて思う。あんなものをこれから先、この子に見せていかなければならないかと思うと心が痛んだ。けれど、彼女はきっと、ついてきてくれるだろう。そういう意思の強い目を、していた。


「君が優しい子で、良かった」


 驚きながら見上げてくる真ん丸の目。その目がゆっくりと細められて、口元が笑みを作る。今度はその笑みにこちらが驚かされることになる。自分のことを嫌と言うほど嘲笑っているような、見ていて本当に心が痛くなるような笑みだった。


「優しくなんか、ありませんよ」


 何も言うことが出来ず、そのまま彼女の笑みを凝視してしまう。そんな顔をさせるような原因が、短い生涯の中で合ったということだ。それがスタンドによるものであることは、想像に難くない。彼女がそんなふうに笑うことに慣れているのではないかと思ってしまうほど、彼女に自嘲が染み付いていた。
 そうして固まっているうちに、ナマエちゃんは笑顔を明るいものに作り替えた。どう考えても作り笑いだろう。けれど、その笑顔が本心からに見えそうなほど整えられていて、胸が詰まった。幼い子にそんなことをさせてしまった自分に腹が立ったが、その気持ちを無下に扱うことはできなかった。ナマエちゃんは何も気にしていないと言ったようにわしの持っている荷物を見ていた。


「それは何ですか?」

「あ、……ああ、これはナマエちゃんの大体の大きさの着替えと靴、それから消毒薬や包帯なんかじゃよ」

「あ、すみません、ありがとうございます。あの、消毒液と包帯……少し頂いても宜しいですか?」


 どこか怪我をしているようには見えなかったが、よくよく観察してみると足の裏から血が滴っているのがわかる。失礼、と言ってから足首を掴み、足の裏を見てみるとぎょっとした。無数のガラス片が、柔らかそうな素足に突き刺さっている。
 痛くないのかと顔を見て、脂汗が出ていることにはじめて気がついた。こんな子どもに気を使わせて、本当に情けない大人だと、心の中で自分を叱咤した。眉が自然に下がってしまう。


「……ナマエちゃん、気付いてやれなくてすまんかったな」

「え!? いや、大丈夫ですよ、そんな!」

「とりあえずガラス片を抜いて、消毒じゃな。幸い縫うほど大きい傷はなさそうだから、安心していい」


 少しだけ気が抜けた表情で、はい、とナマエちゃんが返事をする。痛いかもしれないが、と前置きをしてからピンセットを用いて細かい破片を抜き出していく。消毒液と脱脂綿で更に小さな破片を取ってから、ガーゼを当てて包帯を巻いて、手当てを終わらせた。ナマエちゃんは手当ての間、痛みを我慢するように唇をぎゅっと噛み締めていたが苦悶の声ひとつあげずにいた。強くていい子なんだな、と思わずまた頭を撫でてしまう。彼女は困ったように笑って受け入れてくれた。その反応に、ホリィを思い出した。
 ホリィを助けたら、ナマエちゃんに会わせてやろう。きっと不器用なこの子をホリィなら暖かく受け入れてくれる。それに女の子が欲しいようなことも以前に言っていたから、きっと喜ぶだろう。ナマエちゃんもきっと傷を癒すことができる。


「ナマエちゃんみたいな子が承太郎の嫁に来てくれればいいのう」

「はあ!? え、ジョ、ジョースターさん!? 突然どうしたんですか!」

「よし! この旅が終わったらナマエちゃんを孫にもらうか!」

「えええ!? ジョースターさん本当にどうしたんですか!?」


 あわてふためく姿は年相応の顔をしていて、やっと安心できた。子どもは笑ったり、感情を素直に出すのが一番だ。まあ、うちの承太郎はだいぶ違うが。もう一度ナマエちゃんの頭を撫でていると、壁をコンコンと叩く音がして振り返る。承太郎とポルナレフの姿がそこにあった。


「じじい、そいつに手を出したら犯罪じゃねーのか」

「ジョースターさんばっかりナマエちゃんに構ってずりぃぜ!」


 こんな子どもに手を出すわけないだろ、バカ孫! わしは変態か!
mae ato

modoru top