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 この場に不釣り合いな笑顔で一体何を言い出すのかと思えば、“デーボさんの命、わたしにください”というとんでもない言葉だった。そんなことを言い出した目の前の少女に対し、驚くなという方が難しい。驚いたのはわたしだけではなく、言われたデーボや冷静なジョースターさんを含め、皆が何かしらの表情をその顔に浮かべてナマエという少女に視線を注いでいる。言葉も出ないほど、ただひたすら。しかし当事者であったデーボだけは、数秒ほど経ってようやく口を開いた。


「……何を、」

「だって、いらないんですよね。なら、いいでしょう? あなたの命をわたしにください」

「どうしてそうなるんだッ!」


 いらないならくれ、というのはどうにも子どもっぽい発言である。その上彼女は、命をくれという発言が、どれほど突拍子もなく、どれだけ重いものなのか、わかっていないのではないだろうか。子どもだから仕方ない、という年齢はとっくに過ぎているように見える。それともこの子はまだ倫理観というものが形成されていないのだろうか。
 それに、第一命をもらったところでナマエはどうしようというのか。困惑したジョースターさんと目があったが、とりあえずは様子を見よう、そんな視線を向けられた。こんな突拍子のない言葉でもデーボをこちらのペースに引き込んでいることはたしかなのだ。死にさえしなければ、情報を提供してもらう術はいくらでも探せるというものだ。
 ナマエはわたしたちがそんなことを考えているだなんて思ってもいないのだろう、笑顔を崩さずにデーボのことだけを見ている。


「じゃあ視点を変えましょう。デーボさんは殺し屋です。わたしはあなたの殺しを失敗させ、捕まえた張本人です。だったら、生殺与奪の権利はわたしにありますよね。あなたの命をどうしようがわたしの勝手。はい。あなたの命って、既にわたしのものじゃないですか?」


 その発言には、さっきとはまた違った驚きで思わず開いた口が塞がらなくなる。若いというよりも幼いと形容すべき少女が考えるような意見ではないからだ。ただし、発言自体は理論的できちんと的を得ているように思う。自然界ならば、あるいはデーボの生きてきた暗く澱んだ世界なら、生かすも殺すもナマエの一存でどうにだってできるだろう。


「何が、望みだ」


 デーボがギロリと睨みをきかせた。けれどナマエの笑顔は揺らがない。嬉しそうに楽しそうに。その無邪気さが、この場とはどうしても噛み合わなくて、悍ましいものに見えてしまう。


「まず、死なないでください、これ、絶対ですよ?」

「……続けろ」

「それからDIOさんや追手について知ってることを教えてくれたらありがたいです。あと、わたしたちのことを、報告しないでくれると嬉しいです。あ、それから病院にも行った方がいいですね。釘が刺さったとか言えば、誤魔化せるはずです……多分」


 それで彼女の要求は終わった。DIOの情報を聞き出すことはおおよそのところわたしたちの考えと一致しているが、報告しないでほしいことや病院へ行ってほしいなどはわたしたちとは違った考えだろう。何せ、リタイアさせてしまえば報告も何もないし、勝手に病院にも放り込まれることになるだろうからだ。回復させられるようなスタンド使いでもいれば話は別だが、やられた殺し屋のところにわざわざ人をやるほどDIO陣営も暇ではないだろう。


「……それだけか?」


 だからナマエがデーボに告げた内容は、どちらかと言うとわたしたちに有益なものというより、デーボ本人を思っての内容だったように思えた。その言葉にデーボは、動揺や困惑を隠せない。呆気にとられていた。彼女はデーボをどうにか言いくるめて、助けようとしているのだから。
 ポルナレフは少しだけ納得していないように顔をしかめているが、ナマエの発言は敵を気遣っている。そんな優しい少女を、ポルナレフが嫌えるわけもない。
 それとは反対に敵を助けようとしていることで、承太郎はナマエを疑っているようなそぶりを見せた。確かに仲間になったばかりの怪しい少女を、疑わずにはいられないだろう。端からわたしたち一行にスパイとして入れるのが目的だったら? 能力面から考えればその線は薄いだろうと思えるが、承太郎は母親の命がかかっている。疑ってかかっても、仕方のないことだ。
 ジョースターさんはポルナレフと承太郎を足して二で割ったような状態だ。信じてやりたいと思う。けれども百パーセント信じることはできないでいる。

 そんな中、花京院はあまり顔色を変えていない。実にクールな表情だった。彼は一度DIOに出会っているから、DIOが雇われただけの殺し屋を助ける意味などないことを悟っているのではないかと思った。
 わたしも、DIOに会っているからだろうか。エボニーデビルのような一度能力がバレてしまうと使えないスタンドの使い手を、DIOがわざわざ助け出す意味などないと断言できる。もし仮にナマエが敵で、内側からわたしたちを壊滅させようとしているのならばリスクがありすぎる。この突拍子のない発言に違和感を覚えてしまうし、そうでなくともこの中で一番の殺傷能力を誇るはずなのだからここに送り出すのであればスパイとしてではなく、直接わたしたちを殺すために、という理由になるだろう。

 けれど結局はそんな理屈染みた考えではなく。へらり、笑い方に人が出ている。占い師として培ってきた勘が、ナマエはわたしたちの味方であるとそう言っている気がした。ナマエは笑う。少し癖のある、柔らかい笑い方。


「じゃあ、わたしと暮らしませんか」

mae ato

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