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 この女は頭がおかしいんじゃないかと、思った。自分を殺そうとした男の命がほしい、そうして助けようとした挙げ句に、一緒に暮らそうなどと笑う。その笑みに邪悪な要素が見てとれるのならば、また話は別だ。悪趣味なことに何かしらおれを解体して売り払う、それこそ悪魔のような生き方をしている女なのかもしれない。

 だが、どう見たって違う。

 ナマエ、と呼ばれた少女は、馬鹿みたいに警戒心が薄く、おれに意味もなく笑いかけてくる。例えばおれが若くて見目麗しい人間だったのならば、話はまだわかる。しかし生憎おれは元々綺麗な顔でもなければ、顔と言わず全身傷まみれの年のいった親父だろう。そんな人間を助けて、尚且つ一緒に住みたいというのは、最早同情の域ではなかった。頭がおかしいとしか思えない。
 おれといて何の得があると? 損ならばいくらだって生じるだろうが、得は何一つ生まれないはずだ。外見も気質もスタンドも、何もかもを含めても、この女がおれを選ぶ要因など一つもないはずなのに、どうして。
 目の前の女の考えが、おれには理解できない。だからきっと、こいつは頭がおかしいに違いないのだ。


「ナマエちゃん、何言ってんだ!」


 様子を見ていたポルナレフが、ついに口を出してきた。さすがにおれのような男と一緒に暮らそう、などというのは正気の沙汰とは思えなかったのだろう。本当に突拍子もなく、完全におかしくなっていると言っても過言ではなかった。
 しかし女はそれに動じず、おれと同じようにポルナレフにも笑顔で接した。敵のおれに対するものと、何ら変わりのないその笑顔。


「どうしました?」

「いや、どうしましたじゃねーよ! ナマエちゃん、こいつは敵なんだぜ!?」

「……ポルナレフさん、わたし、まだデーボさんとのお話がまだ終わってないんです」


 あとでいくらでもお話聞きますから、と言う声は有無を言わせない威圧感のようなものがある。暗にこの話に関わるなと言っていた。う、とポルナレフは声を詰まらせた。周りも牽制されたのか、皆一様に口をつぐみ、あるものは慈しむように、あるものは探るように、しかし皆がまっすぐと女を見詰めていた。ポルナレフと話していた女は再びおれを見る。


「わたし、いま、天涯孤独なんです。DIOさんを倒す旅が終わったら、ジョースターさんが、生活を保証してくださるんです。でも、ひとりはさみしいじゃないですか」


 意味が分からない。一人で暮らすのはさみしい。だから一緒に暮らそうとはなんだ。こいつはおれをペットとして見ているんじゃないかとさえ思う。そんな横暴な話がまかり通るのはペットか……家族くらいだ。
 おれは女を黙ったまま見詰める。発すべき言葉が、見付からない。女はしばらく同じように黙りおれが話し出すのを待っていたようだが、黙り続けたおれに向けてまた話し始めた。


「首を縦に振る気には、なれませんかぁ。まあ……デーボさんには、得がありませんもんね」


 命を貰う、という行為は、本来、強制的な力を持つことのはずだ。にも関わらず、目の前の女は、得をしないから了承しないのだと考えて、おれに了承させようとしている。おれの命は自分のものだと言っていたのではなかったのか? まるで、おれの意志がなければならないようじゃないか。


「わたしは、わたししか、持ってません。わたしは、わたししかあげられない。だから、わたしならあなたよりあなたのことを大切にして、あなたのことを守って、生活できるように働いて、それから、愛してあげます」


 その上、愛などと、訳のわからないことを言う。大切にして、守られて、生かされて、尚且つ、愛されて? それが何の得になると言うのだろう。平和に生きていた女は、こんなふうに頭がおかしいのかもしれない。気が狂っているとしか、思えなかった。


「わたしのものに、なりませんか」


 そしてその女の言葉と笑顔に焦がれる自分もまた、頭がおかしいのだろう。
mae ato

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