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 自分で話しながら、何を言ってるんだろう、と笑いそうになった。大切にするだの、守るだの、愛だの、なんて偽善的で抽象的で悪質なくだらない話だろうか。馬鹿らしい、そんな純粋な漫画のヒロインみたいな夢見がち発言は、我ながら頭がおかしいとしか思えない。愛じゃ、お腹は膨れやしない。
 けれどこの世界で確約できることと言えば、それくらいしかないのだ。わたしの持ち物はわたしだけ。わたしはわたしだけしか、切り売りすることは出来ない。また一人に振り出しの世界で、デーボを大切にして、守って、愛することなど簡単なことだ。
 だって、デーボが死ぬのを、見たくない。いや、デーボだから死ぬのを見たくないわけではなく、キャラクターとして存在していた生きた人間に、目の前で死なれるのが、自分が怪我することよりも嫌だった。それが主人公の敵でも、わたし個人には関係がない。仲間になっておきながら酷い有様だけれど、それだけは譲れない。死なせない。死なせられない。
 だからわたしはわたしが出来うる、そして与えられうる最大限を提示した。どうかデーボが頷くようにと必死に願って、祈った。視線の先のデーボが、笑う。とてもおかしそうに、


「あげます、だなんて、随分上から目線だな、おい」


 そうだよね、わたしも、そう思うもの。……ああ、失敗だ。デーボは舌を噛みきって死のうとするだろうか。舌ではなく何かを用いて自殺をしようとするだろうか。はたまた誰かを挑発して殺させようとするだろうか。愛などとくだらないことをいったせいで、デーボは、死ぬのだろうか。
 消えたはずの痛みがぶり返してきた。じりじりと焼かれたように痛む掌と、びちゃびちゃな血液にまみれて滑る足の裏の突き刺す痛み。汗がじわりと額から染み出した。こぼれる苦笑い。痛みで口を開けそうにない。


「だが、まあ、いいだろう」


 傷の痛みで動きが鈍くなっていた脳みそが、一瞬遅れて反応した。呆然とデーボを見て、動きにくい口を、懸命に動かした。酸欠の金魚みたいに、何度も唇を開閉させて。


「ほ、ほんと、ですか」

「ああ……お前のものになってやる」

「……よかったあ」


 デーボの諦めたように笑う口元を見て、心の底から安心した。死んだりしない、だから彼の死体を見ることもない。駄目だと思っていたために、空気が抜けたような締まりのない口になる。
 途端、足元がぐらりと揺れて、そのままガラスの散らばった床に転けた。ああ、痛い。ただでさえ痛かった身体に、更に傷ができてしまったようだ。足が熱い、掌が熱い、頭がぼうっと靄がかっている。もうだめ。


「ナマエ!?」

「痛い……いた…い……これは、痛い……うふふふ……」

「ナマエちゃん笑ってるッ!?」

「……笑えばいいと思うよ、みたいな……マジで、いたい……あと、よろしくお願いします……」


 回らない頭が、皆のうるさく騒がしい声を拾っている。だけれども、よく理解できない。ぼやぼやとした脳みそが、もう起きていることを拒否している。心配そうなヴィトの声が聞こえて、わたしの意識はシャットダウンした。
mae ato

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