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「……ッ!」


 ぼんやりと天井を眺めていたわたしは飛び起きた。目覚ましが鳴った記憶がない。今、一体何時だ!? やばい、たぶん完全に寝坊した。露伴ちゃんの朝ごはんを作れてないと言うことは、はい、これヤバイです。めちゃめちゃ怒られる可能性がある。なんなら嫌味の大嵐! 追い出されないだけマシだけど、寝坊したわたしが悪いんだけど、露伴ちゃんの嫌味はキツイってほんと! ……って、あれ、身体が……すごく、痛い?
 痛みに顔をしかめながら、どういうことかと周りを見渡す。するとわたしは見覚えのないベッドの上で寝ていた。ここはどこ、わたしは誰、なんてことは言わないけれど、先ほどまでの意識を引きずってしまって、一瞬、混乱してしまった。そのあとはありがたいことに、すぐ理解できた。ここは病院のベッドだ。自分のしたことを思い出せば、運ばれて当然の場所だった。
 視線を感じて顔を上げると、びっくりしている眼鏡をかけた外国人のお兄さんとばっちり目があった。白衣、髭の剃り残し、分厚い眼鏡。アメリカのドラマに出てきそうな医者みたいだった。


「Hi! How are you doing?」


 英語。いんぐりっしゅ。あ〜〜〜〜〜むりですね〜〜〜〜〜〜????? じんましんでも出そうだ。うそもうでた。まじわかんないほんとむりなのよわたし。発音が良すぎて何を言ってるかわからないと言いたいところだけど、それもうそ。発音悪くたってわかるわけねーーーだろ!!!!!
 脳内で逆ギレをかましながら、日本人らしく、とりあえず苦笑いをしておくことにした。わたしがアクションを起こさなければ、英語がわからないことに気付いてくれて、何かしらの展開が向こうからやってくるはずだ。
 しかし予想に反して何のアクションも起こさないわたしを気にすることもなく喋り続ける医者。しかもなんとなく愚痴を言っているような気がする。結局は何を言っているかわからないので、彼を生暖かい目で見守っておくことしかできない。しばらくその調子で話していた医者だが、ふと何かに気付いたように病室から出ていった。何をしてるんだ、あの医者は。医者じゃないのか?
 がちゃりとドアが開いて入ってきたのは、先ほどの医者とジョセフ、それから花京院だった。ジョセフは保護者だとして、花京院とは……どういう組み合わせ?


「ナマエちゃん! どうやら大丈夫そうじゃなあ!」

「は、はい。えーと、」

「ミョウジさんが倒れて気を失ったあと、ミョウジさんとデーボは救急車で搬送されました。それから足の裏の怪我が思った以上にひどかったようで、何針か縫ったようです。右手も同様に。入院は必要ありませんが、しばらくは車椅子を用いた方がいいようです」


 にっこりと微笑みかける花京院が、今の状況を教えてくれる。驚くほど綺麗という言葉が似合う笑みで、今まで会ってきたジョジョキャラ一の綺麗さだ。ただし女の子の綺麗さとはまた違うけれど。
 ありがとうございます、と頭を下げておくと、花京院はいえいえ、と実に日本人らしい返答をしてくれた。先ほどまで理解できない上にうるさくて堪らない医者の相手をしていたせいか、それとも日本人だからか、その笑顔にすごく安心した。
 ジョセフは少し離れたところで医者と話し始めた。勿論英語なので何を言ってるのかはさっぱりわからない。顔を上げると花京院と今度ははっきりと目があった。彼は眉を八の字にさせて申し訳なさそうに表情を作った。


「その、さっきは、すみません」


 突然の謝罪に、首を傾げてしまう。わたしはそもそも花京院に謝られるようなことはされていない。というよりもこうしてちゃんと顔を突き合わせるのも初めてなのに、何かされているという方がおかしな話ではないだろうか。理由がよくわからず妙な表情になるわたしに、花京院が頭を小さく下げた。


「……先ほど、承太郎の攻撃をアシストしたのは、ぼくなんです」


 聞いても全く何の話かわからないっていうまさかの罠。スター・プラチナ以外に攻撃された覚えもなければ、ハイエロファントグリーンを見た記憶さえない。わたしの知らないところで、何か起きていたのかもしれないということなのだろうか。つまり、わたしが知らないってことは、どうでもいいってことだよね。多分、何にもされてないに等しいし。


「よくわかりませんけど、気にしないでください。怪我を負わされたわけでもないですし」

「……すみません」

「本当に大丈夫ですから。……あの、お名前教えてくださいませんか?」


 花京院はどうやら根っからの日本人のようで、うなだれネガティブ一直線になってしまった。自分が何かしたって思って謝っているのに、謝られているわたしがこの調子じゃ謝り甲斐もないよね。ごめん。
 このどんよりとした空気を変えるついでに名前を聞いてみる。本当はフルネームどころか過去まで知っているため、できればボロが出ないうちに色々と聞いておきたい。特に名前。わたしは、エンヤ婆みたいなことにはなりたくない。
 花京院はハッとしてそれから柔らかい笑顔を作ってくれた。親愛の感情が多少見てとれる。


「花京院典明です。これから、よろしくお願いしますね」

「改めまして、ミョウジナマエです。こちらこそよろしくお願いします」


 自己紹介を返してわたしも笑う。そうして差し出された彼の手を取った。
mae ato

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