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 自分でも、なかなかの傑作ができたと思う。まず怪我のない瞼と貼られたガーゼの上はこれでもか、というほどに大きくてキラキラとした少女漫画風の目を描き、睫毛もばっさばさにしてやる。それからほとんどない眉毛は、キリリとした細眉。唇は口角をすこし上にあげ、微笑みを称えてやる。あとは両頬にハートマークを散らした。
 覗き込んできた花京院が笑い始めただけでなく、ちら見した承太郎が噴き出して笑いを堪えるように肩を揺らすほどの大作である。デーボが起きたら間違いなく怒られるだろうが、それもまた一興ということにしておこう。
 ついでにデーボの腕にでかでかと、ミョウジナマエと書いておく。持ち物には名前を書いておけ。物をよく紛失するわたしに、母親が何度も口を酸っぱくして言っていた。ちゃんと書いておきました、まあ、これは人だけどいいだろう。
 ガラリ、扉が開いて振り返ると、慌てたようなジョセフが入ってきた。


「花京院! ナマエちゃん! ここにおったのか」

「あっ、ジョースターさん!」


 やば、さっきまで覚えてたのに、そのあと完全にジョセフの存在を忘れてた。はっとした花京院と一緒に謝っておく。花京院よりも、ジョセフのことを忘れていなかったにも関わらず敢えてそれを教えずにデーボのところへ来たわたしの方が悪いに決まってる。当然覚えていたことは言わないけど。


「すみません、わたしが悪いんです。ワガママを言ったから」

「いえ、ミョウジさんは悪くないですよ。ぼくがジョースターさんに声をかけてから行かなかったのが悪いんです。すみませんでした」

「別に責めてるわけじゃあないんじゃよ。ただ心配するから、次からは声をかけてくれ」


 そう言ってにっこり笑ってくれたジョセフに改めて申し訳なさを感じたけれど、本人は謝ってほしいわけじゃないようなので以後気を付けるという旨を伝えてその話は終わった。そしてジョセフがデーボの顔を視界で捉える。それから一秒も経たぬうちに思いきり噴き出した。噴き出し方が承太郎とあまりにもそっくりすぎて、なかなか血のつながりを感じた。 ジョセフは落書きが気に入ったのか、ひーひーと苦しそうに笑いながら、わたしを誉めてくれた。うーん、やっぱりジョセフってこういうタイプだよね。
 三人はわたしを置いて、話し始めた。これからどうするかだとか、なんだとか。わたしは話に入れてもらうような雰囲気ではなかったので、デーボのベッドにもたれながらぼうっとしておく。そうこうしているうちに何だか眠くなってきてしまった。そういえば怪我もしているし、薬だって打たれてるだろうし、こっちに来てから何かと緊張しっぱなしだったし、という考えも次第にもやもやとしていき、わたしはデーボのベッドに上半身を預けたまま、意識を失った。









 目が覚める。そしてわたしはまた、ここはどこ、わたしはミョウジですけど、という状態を味わった。起きてしばらくの間ぼうっとしているうちに、どうやらどこか見覚えのある一室だということに気が付いた。ポルナレフのと出会ったあの部屋に似ている、ということは、ここはホテルの一室なのだろう。歩けないわたしは、展開が向こうからやって来るのを待つしかなく、とりあえずごろごろしたり、くだらないことを考えたりして時間を潰した。


「お、ナマエちゃん起きたか!」

「ジョ、ジョースターさん! び、びっくりした……おはようございます」

「ああ、おはよう。これでもノックはしたんじゃがな。体調はどうかね?」

「あ、おかげさまで大丈夫そうです。なんか、足の裏とかちょっと気になりますけど」


 突然現れたように感じたジョセフだったが、どうやらそんなことはなかったらしい。でも本当にビビってしまった。これからもう少し周りに気を配ろうと思う。
 わたしの体調が大丈夫そうだということによかったと頷いてから、ジョセフはわたしが病室で寝てしまったあとのこと、デーボが目覚めて怒っていたことやデーボから聞いた情報などを話してくれた。


「どうやらデーボは雇われゆえに、DIOには直接会ったことはないらしい。しかし連絡を取った仲介者の女は、“正義”で表されるスタンドを持っているそうじゃ」


 “正義”──これはエンヤ婆のことだ。仲介をするというのも、間違いなくそうだろう。そしてジョセフはデーボと一緒にこちらに向かった男がいるとも言った。


「表されるのは“節制”のカードで、体格の問題からか小柄女性に化けることはないが、男ならどんな人間にでもなれる変装の達人だそうだ」


 こっちはラバーソールのことだった。はっきりとわかる極めて正確な情報に驚いた。確かに教えてほしいとは言ったが別に本当のことを言う必要もなく、正直に言えば話してくれるだなんて思ってもいなかった。え〜? デーボってすごい良い人じゃん。わたしは基本的に卑怯で面倒臭がりで自分が一番大切なので、誠実な対応に感心して、見習わなければなぁ、と思った。
 それから部屋まで運んでくれたのは、アヴドゥルさんだそうだ。思わずさん付けせざるを得ない。後ほどお詫びとお礼をせねばなるまいな、と心に決めた。


「ナマエちゃんが車椅子になったのは誤算だが、それでも近日中にここを離れる。だからその前にデーボに会いに行くじゃろう?」

「あ、はい。行っても良いのなら」

「勿論じゃよ。だからナマエちゃんは早く元気にならんとな!」


 そう言いながら、ジョセフは手に持っていた朝食を出してにっかりと笑った。
mae ato

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