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 わたしの苦笑いを見て、小さく承太郎が笑った。イ゜ッ、笑顔を直視してしまって心臓が一瞬ギュンッとなった。あまりの衝撃に動きを止めたわたしを気に払うこともなく、承太郎は荒い手つきで頭を撫でてくる。ぴしり。更にわたしが固まったことに気付かない承太郎。え、こ、この状況、一体何? わたし、なんで撫でられてるの? え、なにこれ、わたし空条承太郎に頭を撫でられてるの? ……ヤバい、緊張してきた。背中から変な汗が出てる気がする。


「空条承太郎だ。これから、宜しく頼むぜ」

「は、はい……わたしは、ミョウジナマエです。こちらこそ、お願いします」


 何故こう、やつらはわたしの頭をぐりぐりがりがりと撫で回すのだろうか。こちらは異常に気恥ずかしく感じているというのに。まだポルナレフやジョセフはわかる。ジョセフなんかは特におじいちゃーんって叫びたくなる感じになるから、わたしもいいんだ。しかしながら承太郎は年下だ。どうしてわたしの頭を撫でたりした? 頭撫でるのが好きなタイプとか……じゃないよね? そんなわたしの疑問はすぐに解決された。かなり、嫌な方向で。


「ガキなら回復力も高ぇ、すぐ治るはずだ」

「……ああ、うん、そうですよね……なるほどね……すっかり忘れてました。本当に……なんて言ったらいいか……」


 突然頭を抱え始めて無気力な目をしながら笑うしかなくなったわたしに、承太郎は訝しげな視線を寄越す。寧ろなんだこいつ頭でもおかしいのか、と言っているような目をしている。そんな目にさせたのはきみですよ、きみ。未だ頭に手を置いたままの承太郎を見上げて問いかける。


「空条さん……わたし、いくつくらいに見えますか」

「……十四、五じゃねーのか」

「じゅうよんさい」


 新記録樹立である。さすがにサバ読みすぎなんだよなあ〜〜〜????? でもたぶん原因わかっちゃったわ、悪いのはわたしじゃなくて、荒木絵が大人っぽすぎるのだ。劇画調の世界だからわたしが反動で幼く見えているに違いない。わたしは別に童顔でもなければロリ体型でもなく、どこにでも居そうな平々凡々の女なのだ。こっちに来る前は高校生にすら間違えられたこともないのに、中学生扱いされる日が来るとは、思わなかった。化粧をしていないとは言え、中学生はない。恨みがましい目線プラスひきつった笑みを浮かべて、承太郎を見る。


「わたしは成人済みです」


 小説や漫画なら文字の上に点が付くように、はっきりとそう言いきると時が止まった。ついでにわたしの頭を撫でる手も止まった。驚き過ぎて声も出なかったらしい。こちらとしては、驚かれただけでも十分ダメージが大きい。
 なんなの、何が悪いの……胸? 胸がないってか? 人並みにはありますから本当に。別に大げさに言ってるとかじゃなくて、普通にあるから! 中学のときはたしかにつるぺただったけど、今は大学生の一般レベルはあるから! なんか内心、泣きそうですけどもわたし!


「……ちょっと、待ってろ」


 意識を取り戻した承太郎が、部屋を慌てて出ていく。人の頭撫で逃げですか。そんな言葉ないけど! もういい。わたしは、ふて寝をする。寝れば嫌なことは大抵どうでもよくなるはずだ。
 やさぐれたわたしは朝食の乗っていたトレイをサイドテーブルに置いて布団をがばりと被った。どいつもこいつもわたしをロリ扱いしやがって。そんなにサバ読んでないってーの。由花子も仗助も億泰もそうだったけど! ばか! なによもう!
 布団の中で呪いの言葉を唱えているとバタバタとした足音がやって来た。壁薄いなあ、このホテル。やらしいことでもしようものなら声漏れるんじゃないの? ガチャッと音を立てて開いたドアの向こうから多分何人かが入ってきた。はい、無視です。どたどたと入ってきた誰かにより、布団がめくられる。


「ナマエちゃん! 成人済みなんて嘘だろ!? そんな嘘吐いてどうすんだ! 背伸びしても大人にはなれないんだぞ!」

「……うーわー」


 布団が剥ぎ取られた原因は、ポルナレフだった。部屋の中には先ほど出ていった承太郎が集めたのか全員が集合している。承太郎くん、なんで呼んできたんですか? それほど混乱していたってことなんだろうけど本当に意味がわかりません。ため息をつけてやさぐれた目線をポルナレフに送っておく。


「ポルナレフさん……幻想ぶち壊すようで悪いですが、わたしは歴とした二十歳です」

「嘘だろーッ!?」

「ここで嘘なんてついてどうするんですか」

「いや、だって無理があるぜそりゃあ!」

「なら別に年齢なんてどうでもいいですけど。事実なんて結局人の認識によるものですから、お好きなようにお考えください。まあ、わたしからしてみれば、ベッドで寝ている怪我人の布団……しかも女性の布団をいきなり剥ぐような人こそ成人しているという方が疑わしいのですけれどね」

「あ、いや、その」

「いえいえ別にいいんですよ。子どもより子どもっぽく常識がなかろうと成人しているということに嘘偽りはないんでしょうし? ははあ、結局のところ人間は年齢ではなく中身が大事ということになりますね。おそらく成人していると思われるポルナレフさんよりもよっぽど学生と思われる花京院さんと空条さんの方が人間ができているように見えます。ああ、でもそんなことはどうでもいいことですね。実際の年齢はポルナレフさんの方が上なのでしょうし、わたしが何度言おうが何を言おうが、わたしは十四、五なんでしょう。はい、その話はそれでもう結構ですから、ポルナレフさんとこれ以上お話することはありませんのでさっさと布団、返していただけますか? 子どもだから眠いんですよねえ」


 鬱陶しい年齢の話など、もうどうでもいい。何を言っても聞かぬポルナレフに攻撃的な言葉を送った。けれど顔にはそんな表情を微塵も出さず、まっすぐに笑顔を向ける。ポルナレフは泣きそうな声で、「ごめん……」と小さく呟いた。わたしは笑顔を崩さずに、口を開く。


「申し訳ないです。わたし、子どもなので何に謝っていらっしゃるのか、さっぱりわかりません」


 わたしの強烈な視線とポルナレフのうろたえた視線がぶつかって、茫然自失気味にポルナレフが申し訳ございませんでしたと頭を下げてきた。いい大人が半泣きだった。
mae ato

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