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 帰って怪我をしていた承太郎に、飛びかかるように聞いた。おれの妹を殺したクソ野郎の名前を。そいつの能力の情報を、承太郎の肩に置いた手に無意識に力が入りすぎてしまうほど真剣に。
 話が終わり、皆が承太郎を労いながら部屋へと戻る。おれはナマエちゃんと同室なので、ナマエちゃんの車椅子を押して、部屋へと戻った。車椅子からナマエちゃんを下ろそうとして、待ったをかけられた。


「あの、すみません……ポルナレフさんさえよろしければ、わたしの頭を洗ってほしいんですが……」

「ああ……風呂入れねーもんなあ」


 いいぜ、と洗面所まで彼女を連れていき、洗面台で頭を洗ってやる。シャンプーを手に取り、濡れたナマエちゃんの髪に馴染ませて泡立てていく。洗いながら、ぼうっと思った。
 シェリーが生きていたら、ナマエちゃんとほとんど変わらない年だ。生きていたら、ナマエちゃんとも友達になれただろうか。生きていたらきっと、友達になれただろう。シェリーはナマエちゃんのように優しい子だった。案外本当に、生きていれば、親友と呼べるほどになっていたかもしれない。けれどそれはもはや妄言だ。生きていたら、生きていれば、生きて、いたら。もう、シェリーは、いないのだから。
 殺されたとき、辛かっただろうか、苦しかっただろうか、痛かっただろうか、恐ろしかっただろうか、おれに、助けを求めただろうか。
 考えただけで震えるこの胸は、怒りを忘れてはいない。忘れられるはずもない。妹の仇は、必ず取ると心に誓った。その時が、待ち望んでいた時が、ようやく来たのだ。必ず、必ず、殺してやる──!


「ポルナレフさん」


 思考に溺れかけた脳みそが、現実に引きずり戻される。視界にはナマエちゃんの頭が見える。泡立った髪の毛。触れたそれは柔らかく、手に馴染むようだった。もしかしたら意識が向こう側に行ってしまっている間に、力を込めすぎてしまったのだろうか。


「……悪い。どうかしたか? 爪立てちまったか? それとも痒いとことかあるか?」

「いえ、そうではなく」

「ん?」

「ポルナレフさんこそ、どうかしましたか?」


 その言葉にどきりとする。疲れている承太郎に掴みかかったときナマエちゃんがいる手前、復讐しようとしていることは感付かれたくなったおれは、名前と能力だけを聞いていた。だから何かがあることはナマエちゃんも気付いているが、彼女はその何かをわかってはいない。
 顔が見えていない今で、よかった。今のおれは、情けない顔をしているにちがいないから。


「いや……なんでもねぇよ」


 聞かれたく、なかった。例え、妹の仇討ちだとしても、おれは人を殺そうとしているのだ。ナマエちゃんは、殺し屋のデーボでさえ救うような、良い子なのだ。おれの行為を知ってほしくはない。
 ナマエちゃんといると、心が揺らぎそうになる。彼女はこの旅においての根幹を覆すような、人間にとっての至極当然のことを思い出させるからだ。人を、殺してはいけないと。


「なんでもねー……なんでもねェんだ」


 ナマエちゃんに告げながら、自分になんでもないと言い聞かせる。
 あいつを殺さなければ、シェリーは決して報われない。あいつを殺さなければ、シェリーのような子が増えるだろう。それは何より、おれが許せない。


「そうですか」


 ナマエちゃんは洗面台に頭を下げたままなので、表情を伺い知ることはできない。けれどもぼそりと呟いたナマエちゃんに、心から安堵した。揺さぶられたくないのだ。だけどナマエちゃんは、何かあったら言ってくださいね、なんて優しく言ってくれるものだから、呼吸が震えて泣きたくなった。
mae ato

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