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 置いていかれたわたしは、ぼんやりとこのあとのことについて考えていた。多分、このあと初めて意識的に戦闘に参加することになるはずだ。どう動いたらいいのか、どう動くべきなのか、未だに答えは出ていない。けれどぶっつけ本番、なんてことがわたしにできるとは思えない。というか車椅子に乗ったままのわたしは、もしかして戦闘に参加させてもらえないのではないだろうか。
 列車の中でも考えていたことではあるが、それはまずい。最低限、戦いには参加しなければならない。こちら側に死人の出ない戦いとは言え、アヴドゥルは随分と危険な目に合うわけだし……ジョセフたちも当初の予定ではアヴドゥルが一旦抜ける予定ではなかったはずだから、別に助けたっていいはず。問題は、それがわたしに行えるか、という点である。
 真実を伝えたところで、露伴ちゃんのようにストレートに丸ごと受け入れてもらえることは超レアケースだ。ジョセフのスタンドで真偽が分かったところで、わたしたちの関係性では頭のおかしい女だと思われるのがオチである。知っていることをぶちまけて話して、はい解決、とはいかないのだ。どうすれば守れる? どうすれば、どうすれば。いくら考えても答えが出ることはない。これは正解のない問いだから。

 そんなシリアスムード満点だったわたしは、突然車椅子を引っ張られた。がくん、と傾いた車椅子に驚いていると、何故か車椅子はそのまま外に向かって行ってしまう。


「え、えっ? ちょっ、ちょぉ!? ──ア、アヴドゥルさあん、ジョースターさんッ! 花京院さん、空条さんッ! ポルナレフさあああんッ!?」


 止めてくれと後ろを振り向いても、誰も押していないという恐ろしさ。え、本当にごめんなさいこれどういうことなんですか……? し、しん、心霊現象……? い、いやだ! 怖すぎる! オバケとかになんかされるくらいなら今ここで心停止したい!
 そんなふうに半泣き状態になるわたしだったが、パニック状態で思い付いたことがひとつ。あれ、これ、もしかしてJ・ガイルのハングドマンなんじゃないだろうか。ほら、だって車椅子って鉄パイプみたいな部品あるでしょ? そこ光ってるし……なーんだ、オバケじゃなくてよかったー! ってんなわけあるか! これ死亡フラグですかもしかして! わたし人質じゃなくて殺害対象ですか!? さっきまでシリアスな雰囲気でごめんなさいわたし死にたくないですごめんなさい助けてください!

 ガラガラと独りでに動く車椅子に乗るわたしは、インドの皆様から見ても、相当変なものだろう。ヴィトを出してみても、実体のないハングドマンをヴィトで止めることは出来ず、そうして無意味に疲れ始めた頃、街の外れであろう瓦礫の山で止まった。
 車椅子の取っ手で反射できるはずなのに、どうして止まったのだろう。ヴィトを消して周りをきょろきょろと見渡すと、象の横に立つ、おそらくホル・ホースと思われる男の後ろ姿。……脂汗がだくだくなんですけど。気が付かないでくれと思ったときほど、こういうときは見てくるもので。固まって半泣きなわたしに、ホル・ホース(仮)は近付いてきて、全くわからない英語をしゃべってくる。更に泣きそうになるのを必死に抑えて、ホル・ホース(仮)を見た。焦りながら必死に口を動かす。


「ごめんなさい、わたし英語わかんな、って、あ、あれだ、I can't speak English. I can speak only Japanese……です」


 よくよく考えるとこれで伝わらなければ、わたしはインドの見知らぬ街外れでひとり迷子という、いっそ敵に襲われるよりも最悪の展開に襲われて、二十歳も超えてこんな場所で泣かなければいかなくなる。もうこの際、ホル・ホース(仮)でいい。とりあえずわたしを拾ってくだいさ! お願いだから助けて! そんな懇願が通じたのか、ホル・ホース(仮)はにこりと笑った。


「日本人かい、お嬢ちゃん」

「は、はい……!」


 日本語通じるー! さすがDIO様の部下(仮)だよ! よかった、と思わず本当に泣きそうになってしまった。さっきまでホル・ホース(仮)にバレたら嫌だとか思っててごめんなさい。一方的にだけど知っている人がいてくれて、本当に嬉しい。一応、たぶん、敵だけど勝手に気が休まる。ほっとため息をついたわたしに、ホル・ホース(仮)は首を傾げながら不思議そうに尋ねてきた。


「そういやそうとお嬢ちゃん。なんでまたこんなところに? 女の子が一人で、しかも車椅子に乗ってるような子が来ていいような場所じゃねーぜ」

「突然、車椅子が動き出したんです……! あ、えーと、その……変なこと言ってるっていうのは、わかってるんですけど」


 言ってから後悔。頭おかしい子と思われても仕方ない発言をぶちかましてしまった。吹き出していた汗が引いてしまう。しかしホル・ホース(仮)は顎に手をあてたまましばらく考え込み、舌打ちをひとつしてからにっこり笑った。し、舌打ち! ごめんなさい本当に!


「おれぁ、お嬢ちゃんの言うことを疑ったりしねぇよ。そもそもその手じゃ車椅子動かせやしねぇだろ?」


 送ってやるよ、一人で来たわけじゃあねーんだろ? わたしの目線に合わせるため屈みながら、落ち着かせるように笑い、頭を撫でてくれる様は、どこかポルナレフを彷彿とさせる。ありがとうございます、と頭を下げてから、ホル・ホース(仮)が押してくれる車椅子に揺られた。ぼそり、ホル・ホース(仮)が呟いた言葉をしっかりと耳にしながら。


「J・ガイルの旦那……女相手に何かしようってのは許せねーぜ」

mae ato

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