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 ポルナレフの絶叫に気を取られ、全員で駆け付けたのがまずかった。誰かしらが残るだろうと勝手に思っていたこともあるし、ナマエは強いという意識があったこともあるし、車椅子のナマエを置いていっても大勢の人間がいるレストランなら大丈夫だと思ってしまったということもある。いずれにせよ短絡的な思考に至った自分を呪いたくなる。
 ──ナマエが拐われた。
 おれたちのいるトイレ付近ではなくレストラン内がにわかに騒ぎ出し、皆で戻るとそこには車椅子どころかナマエ本人の姿もなかった。店員を問い詰めたところ、おれたちがいなくなったあと突然、車椅子が動き出したらしい。ナマエにちょうど水のサービスをしようとしていたために、その瞬間を目撃してしまったようだ。ナマエの手がテーブルの上に乗っていたのをはっきり見ていたと証言した。しかし車椅子は動き出し、ナマエは助けを求めたがおれたちは間に合わず、結果拐われてしまった。なんて、様だ。
 店を出て、ポルナレフが真剣な面持ちで口を開いた。


「あんたたちとは別行動をとらせてもらうぜ。おれはナマエちゃんを一人で探しに行く。あいつもついでに探し出してブッ殺すッ!!」

「ポルナレフ、落ち着け! 別行動は敵の思うつぼだ。向こうはわたしたちが一人ずつになったところを襲いに来ている」

「だからだッ!」


 アヴドゥルに落ち着け、と言われたことはもう頭にないのだろう。完全に血が上りきってしまっている。ポルナレフからは動揺や焦り、苛立ちがはっきりと見て取れた。焦る気持ちは無論納得できる。ポルナレフの妹の仇がこの近くにいる。それは間違いようのない事実だ。そんな悪魔のような殺人犯が近くにいて、仲間が拐われたとなればポルナレフの脳裏に浮かぶことはたった一つだろう。じじいが一歩前に出てポルナレフの目の前に立った。


「囮になる、と言ってるのか?」

「……そうだ。おれたちはやつの両手が右手だってことしかわからねえ。逃げられちまったらおしまいなんだ! だからおびき寄せる必要がある」


 おれのせいで誰かが死ぬなんて真っ平だ、とポルナレフが小さく呟く。その声は震えていたようにも思える。花京院はただ三人を見ているだけで何も言わないが、全員で席を離れてしまったことを悔いているように見えた。じじいは仕方ないとばかりの表情でため息をつき、ひとつ頷いた。


「わかった。許可しよう」

「ジョースターさん!」

「アヴドゥル落ち着くんだ。君の気持ちを無下にする気はない。ポルナレフ、勿論条件があるぞ」

「なんだ?」

「ポルナレフの後ろを、アヴドゥルと花京院に追わせることじゃ」

「追わせる!? それじゃあ一人になる意味が……!」

「一人になったら危ないのはポルナレフも同じこと。仮にそのせいでポルナレフが死んだりでもしたら、ナマエちゃんはきっと自分を責めるぞ。自分のせいで、とな。……いいな?」


 ポルナレフは唇を噛み締めて、歩き出して行ってしまう。指名されたアヴドゥルと花京院は、じじいに頷いてからポルナレフのあとを少し離れてつけていった。何も言われなかったおれは、じじいと目線を合わせる。じじいも焦ってはいるだろうが表面上は落ち着いていた。


「それで、おれたちはどうするんだ」

「わしらはとりあえずしらみ潰しにナマエちゃんを探していこう。車椅子で走り去った女の子を覚えていないと言う方が変じゃろう」

「わかった。ついでにやつを見付けたら、戦うんだな?」

「ああ」


 そこからは二人、言葉を交わすこともなく周りにいた人間に聞いて回った。そしてやはり印象があったのか、ほとんどの人間が同じ方向を指している。結果おれたちもポルナレフを追いかけているのではないかと思ったが、どうやら既に違う道へ行っているようだった。
 市街地を出て、みすぼらしい瓦礫の山へと入る道に、車輪のあとがはっきりと見てとれた。スタープラチナを使えば、ナマエの車椅子で間違いないことがわかる。あとを追いかけていくと一度止まり、それから誰かに押されて進んでいた。靴の大きさから察するに、ポルナレフと同等程度の体格であることが推測できる。


「……じじい、こいつは善良な一般市民だと思うか?」

「わからん。ナマエちゃんも敵が両手が右手なのは知っているから、J・ガイルではないと思うが……しくじったかもしれんな。敵も一人とは限らん。急ごう」


 嫌な予感がする。そう言ってじじいは冷や汗をぬぐいながら、歩き出す。後ろを追いかけながら、じじいのその呟きが一番不吉だと心の中でだけ悪態をついた。
mae ato

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