いつまで経ってもこの真っ暗空間もとい、精神摩耗責め責め空間は続いている。動けない。しゃべれない。見えない。聞こえない。等々、人が狂う条件でもそろえているのかと思うほどだが、思考だけは自由なので、覚えている曲を脳内で垂れ流しながら考察や妄想に励む有意義な時間になってしまった。正直ここ最近ずっと戦闘とか命の取り合いとかで、オタク活動なんてまったく何もできていなかったので、クラシックやアニメのOPソングなどをBGMにして並列思考で妄想ができるまでになってしまった。
 とはいえ、始めの方は死ぬ前のことについて色々思い悩むこともあったが、そうこうしているうちに後悔も反省も彼らへの愛着も寂しくなるだけであまりにも不毛なので途中で考えるのをやめた。そしてわかりやすくオタクとして生きる……いや死んでるんだけど、ガチで死ぬまでの間をゲームの考察や漫画の妄想、頭の中にある漫画などを読み返す作業として埋めることにしたのだ。公式新規供給がないことは非常に悲しいことではあった。

 は〜〜〜新規供給が欲しいなぁ〜〜〜。なんか新譜も欲しいなぁ〜〜〜。

 なんて呑気に思ったのがいけなかったのか。ぴしり、と。音が鳴って、がらがらと身体から何か落ちる感じがして、びっくりして目を開けた。身体があり、目を開くことができたことに、酷く驚いた。わたしの視界には、満天の星空が広がっている。


「え、……いや、……ええ?」


 鬱蒼と茂った森の中で、わたしは天空を見上げている、らしい。どういうこと? え? なにこれ、転生した系? 異世界で戦闘して死にかけたあとは中世異世界転生物になってる? いつからジャンル:ファンタジーになったの……。
 とりあえず、起き上がってみることにしたが、問題なく起き上がれた。ぶちまけていたお腹を見ると、きちんと肌があっておへその周りに模様が入っているし、左手も繋がっている。いつ死んでもおかしくない状態だったのに、ここまで勝手によくなっているとちょっと引く。もしくは異世界転生物ならこれはわたしの肉体じゃない説もあるわけだが、代わり映えしない肉体に見えた。


「つーかそんなことより全裸ッ!! どういうこと!?」


 異世界転生物ものだったとしても、全裸ってなに。服どころか下着もない。局部丸出しってなに。控えめに言っても最悪な状態なんだけど。意味が分からなすぎる。混乱のあまり、大きい声で叫ぶと、周りの木が妙にざわめいた挙句、身体の隣にもふもふとした感触があることに気が付いた。視線を落とす。びっくりした顔のたぬきが、わたしを見上げていた。


「た、たぬき……?」

「きゅーん……」


 殺さないでと言う顔をしている、気がする。殺さないけど、正直毛皮は魅力的だな、と思ったら逃げて行った。正直でよろしいと思います。


「……何が何だかわからないけど、とりあえず……服がほしい……」


 それも第一村人に会う前に、早急に、服になる何かが欲しい。いや本当にマジで。この状態で会ったら相当ヤバイ。行動を起こそうと立ち上がると、かしゃん、と身体から石片みたいなものがたくさん落ちていく。なぁにこれ。


「石像みたいになって固まってた……のかな……?」


 何がどうなってそうなったの。まったく理解できない。けれどもしかしたら異世界転生物とかふざけたことよりももっと緊急事態であることは確かなので、自分がまだ能力を使えるかだけはとりあえず真っ先に確認すべき事柄だと判断した。
 自律型だった能力自身に話しかけてみたものの、やはり反応はしなかった。それは初期に反応がなかったこともあり、すでに諦めていたがそれでも無性に悲しかった。わたしの相棒とも言える片割れ、能力の具現は消えてしまったのだ。とはいえ、何か残滓のようなものが残っていないかと、石片を持ち上げて投げてみる。


「──止まれ」


 ぴたり。空中で石片が止まる。わたしが一番最初に使えた物体停止の能力に違いなかった。……片割れを失ったものの、能力はわたしに付随している、ようだった。


「う゛」


 頭に鋭い痛みが走って、停止が解除され、石片は地面に転がった。そしてぽたりと赤いものがわたしの足を汚す。手を鼻に持っていく。ぬるっとした、特有の感触。右鼻から、血が流れていた。大した量ではない。でも、垂れる程度にはしっかり、血が出ている。
 己の怪我の経験からすれば、こんなものは毛ほども問題ない程度でしかないのだが、原因を考えるととてもじゃないが問題しかなかった。


「これ、絶対やばいやつだ……」


 今までは出力するのはわたし本人ではなく、付随した能力の具現からもたらされたものだったのだが、今のものを止める能力は確実にわたしの脳自体が力を振り絞っていたと考えるべきだろう。こんなの日常的に使ったら死ぬが? 普通にダメなやつだわ。


「命の危険が迫っているとき以外は、使用禁止」


 第一、この世界に魔法とか超能力とかスキルとか、そういうよくあるファンタジー設定がないと見せるのはヤバイ。あったとしてもすぐに鼻血を出すような使い勝手の悪いものは不要とされるかもしれないが。
 鼻血をぬぐって、服になりそうなものを探しに動き出した。現在は全裸なので、心もとないなんていうレベルではない。全裸で屋外歩いてるなんてド変態だけだから……人に会いたくない……通報されたくないよぉ……。
 少し歩いて、すぐに異常に気が付いた。──周りに、石像がたくさんあった。日本人にしか見えない、たくさんの石像が一部あちこちに埋まった状態で乱立している。そして多分、わたしは石像のような状態だったわけで。もしかしなくても、彼ら、おなじ状況の人?


「ってことはやっぱり、わたし、死んではいない、っぽいよね……みんな一緒になったってことはなんだろ……まさかあの、緑の光? 死にかけて、光が乱反射とかしてああ見えてるだけだと思ったけど、あれが原因……?」


 とりあえず、服は後回しにして、今わかってきたことを整理することにした。考えが正しければ、探したって服なんてものはここにはないと思うから。
 まず、わたしは自分の能力でこの世界に飛んできたけど、たぶん、もとの同一世界の別時間軸ってことはないと思う。そうであれば相棒を失ったことが説明できないと思うし、こんな世界が滅んでいる系の展開はあり得ないだろうとも思うから。
 それから、石像化する現象が世界各地で起きた、と思う。原因はおそらく緑の光? 光ならその辺にいる人全員にあたってもおかしくない。……屋内の人はもしかしたら生きていて、って可能性もあるけど、たぶん、ないんだろうなと思う。世界が滅びている系にしか見えないので。だから場所も世界各地で、と思ったのだ。もし日本だけで特異的に起きているなら他の国から占拠されてもおかしくないと思う。まあ逆に汚染地域として隔離されている可能性があるから、これは結論付けるにはちょっと早いかもしれない。
 次に、石像化すると、怪我が治る、ってことだ。しかもわたしのあと5秒後には余裕で死んでいたであろう重体でも治す効果がある。なので、何かによる攻撃の線は薄い……と思う。ただし、これも保留案件だ。石像化による人体修復機能自体はおまけで、動けない状態にされて壊されたあとに戻ったら、普通にやばい気がする。
 ついでに、石像化はおそらく生体にだけ有効だ。わたしの服がないのはなんでかと思ったけれど、彼らの誰も服を着ていない。服は……どうしたんだろう。いや待てよ、路地にいたはずのわたしが森の中に来ていると思ってたけど、まさか、都市自体がなくなってる? ってことは、当然服なんてなくなって当然だけど、なんで? ええ?


「いやちょっとまずいんじゃないこれ……もしかして……」


 わたし、もしかして、とんでもない勘違いをしていたんじゃ……。死んでいると思っていたときは、精神空間だと思っていたけど、もしかして、実空間で、石像になってて、思考以外、機能が止まっている状態で、現実でも同じように時間が流れてたってこと……?
 あわててBGMしていた曲を考える。何を何回再生した? 変な話だが、それはわかった。妙にはっきりと、覚えている。ちょっと待って暗算はできない。
 地面に指で数字を書いていく。曲数、曲の長さ、曲を流した回数。それを幾度となく足して、秒数を出した。


「1173億5488万9782秒……ってどれくらいか見当もつきませんが?」


 途方もない数字過ぎて、まったくわからない。自分の中のスケールに落とし込む必要性がある。多分年単位であることは違いないと思う。


「えーと、1年365日で、あ、ちょっとまって閏年……いや無理、わたしにその計算はできない。無視しよう。そこに24時間と60分と60秒をかけて、1年が、えーと、3153万6000秒、かな? この計算もすでに怪しいけどあってるとして、えー……いや、億単位で計算するのは無理。どうせ正確な暦は意味ないと思うから概算でいいんだ。でももうこの時点で嫌な感じしかしないけど、えー…と、11735.5を3.2で割ればいいか。そうすると……3667.3年…………いや、あの、スケールでかすぎる……意味が分からない……」


 3667年経ってるってこと、だよね? いやちょっとイエス様が生まれてからよりもずっと長いってどういうこと? え? マジ? マジ……?


「そりゃ、文明も滅びるよね……」


 たぶん、ここ、同じ場所なんだ。あの街中が、ここらへん。台風とか雪とか大きい環境変化とかもあったりしながら、整備する人間のいない都市は壊滅して、当然服なんて何にもなくなってしまったわけだ。
 そしてこのたくさんの石像群を見るに、簡単に人間に戻れるものではないらしい。それはそうか、だから文明は壊滅して、3600年なんて途方もない時間が経過してしまったのだから。


「……わたしが一人で起きられた以上、他にも復活する人がいないとは限らないけど、他の人は望み薄かも……」


 わたしはそもそも異世界にいた人間だ。前提条件が違い過ぎる。石像化していた以上、同じような人間には違いないと思うけれど、一般的に超能力者はいないし、死にかけてもいなかっただろう。
 石像の間に壊れず、何かがきっかけになって起きられる。そう言うことなんだろうとは思うけど、目覚め方はさっぱりだ。誰かに聞きたいところだけど、自分の条件さえ謎なのに誰かを起こすのは難しそうだし、知り合いもいないのに誰を起こせっていうんだ……。何もかもお手上げすぎる。


「…………ていうか待って。わたし、文明のない世界で、裸一貫から、ひとりで、生活しなきゃいけないの?」


 全裸で座って石像の謎に迫っている場合ではなかった。いやちょっと待って、本当に、マジで、これ、無理ゲーなのでは……?


mae ato
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