現在の自分の状況や今に至るまでの経過など、話し合うべきことは山ほどあったが、残念ながらすぐに日が暮れた。わざわざ火を起こしてまで起き続け、資材や体力を消耗することはないという話になり、本日のところは眠ることになった。千空としては一刻も早く色々と進めたいものがあったが、暗い森の中で活動できるわけもない。まあ、寝るまでの時間は横になっても話し合うことくらいはできるだろう──と思っていたからこそ、諦めたとも言えるのだが。


「それでは。また明日」

「待て。テメーもどこかに拠点を作ってんのか? もう日暮れだ。森の中移動すんのはあぶねえだろよ」


 どこかに帰ろうとしているらしいナマエを、千空は引き留める。自分が拠点を作っていたわりに、相手も拠点を作っているとは考えていなかったので、てっきりナマエもここを生活拠点とすると千空は勝手に思っていたのだ。よく考えればナマエは言っていたように目が覚めてから三か月も経っているのだ。生活拠点くらい築いている可能性はあった。けれどあっさりとその予想は裏切られる。


「拠点はまったくないですね」

「ハァ? ならどこに行くってんだ。ここにいりゃいいだろ。こっちは一応それなりにはなってんぞ」


 ナマエの切り返しに千空は顔をしかめる。せっかくこの世界で労働力に出会えたというのに逃がしてなるものかという気持ちと、あれだけ喜んでたくせにあっさり帰るつもりかこの女という気持ちがないまぜになっている。ナマエのしたいことがさっぱりわからず、千空はガンを飛ばしているような状態になった。だがナマエはそんなことに怯むこともなく、むしろ困惑しているようだった。


「い、いやあの……初対面の人間、自分の家に泊めたりします? わたしが悪い人間だったら、石神さんなんて簡単に縊り殺して終わりですけど……」


 困惑の原因は、千空の距離の詰め方であるとわかった。冷静なふうを装っていても、千空も自分以外の人間に会えたことは嬉しかったのである。もちろん、すべて話すのは信頼できるかわかってからという形にはなるだろうが、自分の身の心配などはさっぱりしていなかったし、初対面の女を家に誘うという、現代なら許されないであろう発想に至った。とはいえ、この場合おかしいのはナマエの方である。
 ここはもう現代ではない。現代の感性をいまだに持ち続けている方がおかしいのだ。ふたりしかいない世界で、別れて行動する方がよほど危険であるし、このあと暗い森をさまよって命を落とそうものなら、他人で共感性の低い千空でも後味の悪さが一生残る可能性さえある。
 第一、自分の命や貞操の心配をするわけでもなく、千空の心配しているあたり、何か間違っている気がするのだが、同時に正しいとも思ってしまう。実際、先ほどの身のこなしやナマエが手に持った武器などを見るに、体格差などを考えても何かあれば負ける可能性があるのは事実だ。


「アホかテメー。今でもおれを縊り殺すくらい簡単だろが」

「いや、犯人だって正面から襲わないですよ、普通」

「なら飛び出してきたりせず、おれが寝るまで待って縊り殺しただろがよ」

「情報をもらってから手にかけるつもりだったとか?」

「ならしばらくは俺を殺す理由もねぇな」

「そうなりますね」


 色々と話したのはナマエだけで、千空はほぼほぼ質問していただけだ。千空からの情報が得られていない以上、もし情報が欲しいのなら千空をすぐに殺したりはしないだろう。第一、殺す気があるのなら忠告するようにわざわざ話題に出すこと自体がおかしい。さっさと泊めてもらって、寝ているところを縊り殺せばまるっとここを手に入れることができるのだから。
 それらを統合し、ナマエが悪人で千空を殺すということはないと判断した。もっとも、仮に本当にナマエが千空を縊り殺して、この拠点をまるっと手に入れようとしている場合は、もちろんそれなりの対処をさせてもらうのだが。


「ならお世話になってもいいですか、石神さん」

「千空でいい。っつうか、敬語も別にいらねぇよ。テメーのご趣味で使ってんじゃねぇんならな」

「えーと、なら……千空くん。改めてこれからよろしくね」


 ようやくナマエは千空に頭を下げて、それから笑った。


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