世界は知らないことで溢れている。 テレビでしか知らなかった環境下による生活は何かと困窮した。それはもうおっかなびっくりで、スラム暮らし?どこの世界?と他人事で考えていたわたしにはこの生活に一苦労。けどそうも言ってられない。小さい子どもでも大人相手に働くし女の人が体を売らなきゃやっていけない。いつの時代だと思ってしまうほどの背けちゃいけない現実に家族一丸となって何とか過ごしていた頃。兄はひとり祖国に帰って行った。軍隊に入りたいと常々語っていたこともあってようやく入隊が許される年齢になったその年に「お国の為に戦ってくるじゃなくて向こうでやり直す為に稼いでくる」と泣いて縋る家族に黙ってひとり出て行った。主な収入が母だけとなった我が家はさらに貧しくなり遊ぶ友だちの影響か「あのクソ兄貴」そばで妹が憤慨していてびっくりしながらとりあえず言葉遣いを窘める。「こんな時におねえちゃんはもうっ」ぷくりと頬を膨らませるからたまらず笑った。 「オレもいつかあのシンドバットのようになるんだ!」 世界各国で謎の建造物――迷宮が出現するようになって何年か経つ。幾人の冒険者たちが挑んでは命を落とすと聞く恐ろしい迷宮を攻略した者の物語が最近流行っているらしい。その覚えのある名前からわたしが知るアラビアンナイトのことを思い出すが関係はないのだろう。ふーんと打った相槌に――これもまた聞き覚えのある名の――アリババがむっとした顔をする。 「なれないと思ってるだろ!」 「思ってないよ」 ほんとうに思っていないのに嘘くさく聞こえたのだろう、拗ねてしまった。妹と同じ年の子だがどうにもめんどくさ、じゃなくてむずかしい。けどこの年頃の男の子がヒーローに憧れるのはどの世界も共通しているのかもしれない。なんて記憶に触れてちょっぴり懐かしさを感じつつ彼の周りに目が動く。護身用に教え込んだ柔道を遊び仲間に披露する妹を待つ間、マリアムちゃんにおとぎ話を聞かせていたところにボロボロになったアリババが逃げてきて、先ほどの夢を語ったのだ。(あ、鳥がなんだか嬉しそう)わたしにしか見えない白い鳥がざわざわとアリババの周りに集まってすこし眩しく目を細める。ふーん。・・・ 「忘れずにいたら必ずなれるよ」 頭を撫でれば赤くして恥ずかしがるアリババに、マリアムちゃんと顔を見合わせてクスクス笑うとびったんばったんと投げ飛ばす妹から避難してきた――以下略――カシムがなぜか不機嫌な表情を作った。「なに赤くなってんだよアリババ」「っなってねーし!」 安全で安心な衣食住、から程遠いこの場所で気を付けながら過ごしていたが母はそうはいかなった。わたしたち姉妹を養う為の仕事が徐々に体を蝕みとうとう病に倒れた。悲しみに暮れる妹を慰めながらお金を貯めようと頑張るが自分の非力さを改めて痛感するだけで医者に診せることすら叶わない。頼れる兄への連絡手段はお金も時間もかかる。スラムの端に行政の手は届かない。“あの世界”なら・・・どうすることも出来ない状況に何度もそのことが頭に浮かぶ。力になるからとアニスさんは親身になってくれるけれど育ち盛りの男の子を抱えているお母さんだ。大変なのはどこも一緒だというのにこうしてわたしたち家族に良くしてくれてほんとうに優しい人。気持ちだけを受け取って首を振るわたしはずっと考えていたあることを心に決める。「ごめん母さん」ごめんなさい。何も出来なくてごめんなさい。 港町に妹と足を運び、停泊する船を見やる。陸と海を持つこの国の特産品を手に持った船員たちが忙しく回っている。そんな活気づく港を不安気な妹の手を引いて歩いていた。そして『教えられた』船に目を向けて、深呼吸を二つする。積荷の数を調べている若い船員に近づき声をかけた。行き先を確かめてから妹の同乗を願い出ると突然のことにそばかすの少年が目を丸めた。 「お願いします。どうかこの子を乗せてください」 頭を下げたまま戸惑っている少年に訳を話してもう一度懇願する。無下にできない性分があるのか困り果てている少年はあっと声をこぼした。それと同時に胸がざわついて緊張が全身に走る。「どうした?」「シン。それが・・・」現れた商船の社長さんをうまく見れなくて固唾を呑んでいると少年の説明を聞き終えた社長さんは頷いた。なるほどな。いいだろう。一切の疑心を感じさせないきれいな二つ返事に思わず驚く。(ほんとうに器のでかい人だ)乗船許可を得て一先ず安心したわたしは涙目の妹と目線を合わせて向き合うと持っていた荷物を渡した。「兄さんには手紙を出したからね。それから船員さんたちの言うことを訊いていい子でいるんだよ?あとお礼を忘れないこと。荷物の中にあるお金を大事に使うこと。わかった?」けれど離れたくないと泣き出した妹がわたしの首にぎゅうと抱きつく。すぐ追いかけるからと耳元で呟いて小さな背中をぽんぽんと宥めるわたしは見下ろす社長さんの周りに目がいった。根拠のない確信めいたものがわたしに告げる。この人なら。「俺が責任持って大事な妹君を送り届けると誓うよ!」拳を胸に当てて言う頼もしい言葉に涙が出そうになった。 (なんだ・・・?金属器が騒がしい?)青年は僅かな違和感を覚え、わたしはひとり霧の町をあとにした。 (スラムにて。捏造ばかりですみません。暫く続きます) 18.04.19 21:12 magi(bun) |