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すぐに帰る。戸口を見つめて何年待っただろう。「・・・・・・うそつき」
小さな女の子が顔を歪めてつぶやいた。
・・・
耳をピクッと動かし反応する定春が頭を上げて襖の向こうを見やった。丸くなって寝ていたが飛び上がるように起き出す姿を、佳境を迎えるドラマに見入っていた神楽は気付かない。「おおっ!」なによっバチンバチンこのっ泥棒猫。繰り広げられる子供が見てもつまらないシーンをフーフー興奮する飼い主の彼女を飼い犬も気にしていない。しっぽを振って歩き出す巨体な犬は襖を器用に開けた。
そこには敷かれた布団の中で眠る一人の女がいた。普段そこで眠るのは銀の色に染まる髪の男。何故彼女がここにいるかはこの犬が引き起こしたことである。
定春が押し倒して気絶させた。通常の大型犬と明らかに違う重さを支えるなど怪力少女ならともかく誰が見ても無理だとわかるこの女は当然倒れた。重さに押し潰されるよりも先に後頭部を上り框にぶつけて。
その場にいた目撃者は隠蔽の文字が脳内をよぎったが何考えてんだと専売特許であるツッコミを自分に入れ慌てて対処を始める。乗りかかる定春を退かして、下の階から人を呼び衣服を替えさせ、用意した布団に寝かせる。一連の作業を定春の飼い主である少女――神楽の手を借りながら慣れた手つきで済ませた。気を失っているだけと呼び出したタバコの匂いを纏わす老者は語っていて眼鏡を掛けた志村新八はようやくほっと安堵した。
出て行った二人はまだ戻らない。どこへ行ったかはわからないが家に着く手前で後ろ姿を見た神楽の話では何やら(一方的な)口論をしているように見えたとか。この女の人を残してどこに行ったんだ。一息ついた新八はため息をこぼした。
マスクを付けて始終表情を掴めない彼は自分たちの雇い主である男と旧知の仲らしい。ティッシュ箱が手放せない極度の花粉症持ち。そしてとんでもない依頼をしてきた。その依頼もさることながら依頼内容の中心であるはずの彼女は初めて知った驚きように見えたのもどういうことだろう。
本当に銀さんの周りって変わった人ばっか。
改めて思い知らされる新八は気を取り直すように中断していた掃除を再開させたのだった。