▼ ▼ ▼

「やれるだけやりましょう」

その言葉を聞いた瞬間、化粧っ気のない顔が崩れた。手で押さえた口から洩れる嗚咽が廊下に響き、倒れそうなその女を支える男が震えた声で言った。
「先生っ・・・どうか、娘を・・・!」悲痛な願いに一瞬視線を落としたが力強く頷いて白衣を翻し走り出した。事態は一刻を争う。

白衣を身に纏うその者を人は神と呼ぶ―――『ドクター愛憎』次回につづく。


「・・・眠ィ」

次回予告が流れるテレビの前で大きく欠伸をしたのは幼い顔立ちをした沖田総悟。彼は期待ハズレに心底退屈していた。
思っていたのと全然違っていた。人と人が陥れ合ったりするようなドロドロの愛憎劇と思えばどっこい、ただの安っぽい医療ドラマ。ひょんなことで多大な期待と信頼を周囲から寄せられたお人好し医師が動き回るだけだった。ちなみに主人公の名前は相田ケンゾー。だから愛憎。意味が分からない。『見逃した人のために再放送スペシャル』とあった90分が無駄に使われたお茶の間の人間は沖田のほかにどれくらいいただろう。
今夜はその第二話の放送があるそうだがもう見ないなと座卓に置かれた煎餅に手を伸ばす。ドラマが終わったテレビには軽快な音楽がついた新作の飲料水CMが流れていたその時、部屋と縁側を仕切る紙障子に影が浮かんだ。

「あれ?・・・沖田隊長ー、局長知りませんか?」

開いた障子に顔を出したのは監察方の山崎退だった。部屋の中に沖田しかいないとわかると探している人の行方を尋ねる。ばりんと音を立てて煎餅を齧る沖田は知らないと答えた。
本当は「お妙さ・・・・・・・・・一狩り行ってくる」とモンスターハンター(外出)しているのを知っていたが面倒で答えなかった。それにどうせ言わなくともいつもの所と分かること。ここではそれが周知の事実だ。
だからかすでに居場所が掴めている山崎は呆れたように「まったくあの人は」とため息を吐いた。そして後ろを振り返り、申し訳なさそうにそのことを伝えている。バリバリと煎餅を食べながら山崎が対面する影を見やる。ペコペコ頭を下げる山崎より高い背格好の影が緩く首を振った。

「誰なんでィ?そちらさんは」

煎餅を食べ終えた沖田の問いかけに山崎と一緒に影がこちらを向いた。
大方山崎の探し人の客人と考えている。「あ、こちら近藤局長に用があるそうで」やっぱり。

「えっと・・・あの時に助けてもらったお医者さんですよ。・・・そうでしたよね?」
「・・・・・・たぶん」

覆われた障子から現れた姿に沖田の目は上の方で止まった。
頭髪検査で一発退場を食らうには十分な赤い髪。初めましてと頭を下げる時に見えた飾りのついた簪で長く伸ばした髪を纏め上げているのがわかった。

「近藤局長殿に呼ばれて来ました」

よく見たら瞳の色も赤かった。