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先の校則違反として反省文一枚と今日一日の使い走りをようやく終えた楽は慌ただしく階段を駆け下りていた。部活動に打ち込む生徒の声がどこからも聞こえる中で最後の階段を一気に飛び下りて昇降口に向かう楽の頬に汗が垂れる。季節は夏がすぐ目の前の6月下旬、本日の気温は25度を超える夏日であった。顎に伝う汗を拭って下駄箱に辿り着くと昇降口に待ち合わせた人が佇んでいた。

「待たせてわりぃ」
「ううん。私も用事済ませてさっき来たばかり」

だからそんなに急がなくてよかったのに。肩で息をする楽の姿に何だか申し訳なくなり未使用のタオルを顔に宛がった。しかし太陽は落ち始めているが暑さはまだ和らいでいないようである。楽の顔が赤いままだ。宛がうのを止めてタオルを広げて風を送る。

「落ち着いた?」
「ああ。風ありがとな」
「・・・・・・本当によかったの?千棘が一緒じゃなくて」

本来ならばこの場には周りを騙す為に日々苦悩を抱きながらも一緒にいなくてはならない恋人がいるはずだが。その恋人は普段遣わない気を遣ったのか「小咲ちゃん達と遊んで帰るから」とつぐみを引き連れて帰って行った。監視の目を気にして思わず廊下を飛び出せば件の二人と合流して和気藹々と歩き出す姿を見つけて、あれ?気を回した訳じゃなくて本当だったのかと少し驚いた。
しかしあれ?やっぱり気を回したのかという考えに至ったのはぽつんと一人でいるあづきを見たからだった。あいつなら彼女も誘っているだろう。二人だけの登下校に急遽参入せざるを得なかったあいつが嬉々としてあづきに絡む光景を思い出して、有り難いと思うのに何だか痒いと千棘が知れば烈火の如く怒り出しそうな感情が隠せない目が横に流れる。「待たせちゃ悪いと思って帰らせたから大丈夫だ」そう言っても信じていないようなジト目がぶつかる。そしてキョロリと周り、特に外を気にして見たあとにまたジト目が楽を見つめた。

「大丈夫だ。見張りはいないって確認済みだ」
「・・・ならいいけど。困るのは楽と千棘で、迷惑かかるのは私なんだからね」

肩でため息をつくあづきは拭い切れない不安をとりあえず忘れることにするが、目の前で確認メールを引き攣った顔で披露する楽よりも神経は過敏なようである。あ、いる。と直感が告げる。光った眼鏡が微かに刺さるような感覚を感じて千棘の言いつけを表面上で受け取ったみたいだと見ていないやり取りを思い浮かべた。どうしようもないなあの人とこっそり呆れて少しだけ考えてから諦めたあづきは帰ろうと促した。

楽はドキドキしていた。本当に久しぶりの二人きりでの下校だ。小学生からこの年になっても欠かさずそばにいる親愛なる幼馴染とはここ最近何だか距離が開いたような気がしていたから尚更に。ただ一つ気になるのは、千棘という家の事情が幼馴染の間に入って物理的な距離とは別の隔たりを感じている。気のせいだと思いたいが慌ただしい出来事の中にこうした二人きりの場面は少なくなっているのも確かだ。登下校には千棘がいる、休み時間に会いに行く時も疑われないようにと一人ではない。だから今感じている隔たりはそれらが積み重なってできたものだとしたら。塵も積もれば山となる。それなんじゃないか。
楽はヒヤヒヤしていた。離れないとペンダントの下の心臓を掴むように誓ったあの想いはちゃんとあって。それはあづきに伝わって。

「私、留学しようと思う」
「・・・は?」
「だからもう・・・・・・・・・私のそばに、いなくていいよ」

楽はポカンとしていた。離れないとペンダントの下の心臓を掴むように誓ったあの想いはちゃんとあって。それはあづきに伝わって。こうして隣にいるとそう思っていたから。この現状はまだ間に合うだろうと楽観的に考えて、今日の呼び出しって何だったんだよと話題を振れば、これだ。
楽は愕然として言葉を失った。離れないと、ペンダントの下の心臓を掴むように誓った。だけど、知らない決意が容赦なく心臓を潰してきて俺は泣いた。