中編
「北くん、あの、まっ」
「まてへん」
あれ、これデジャヴ。彼女は北に唇を塞がれながら、既視感に眩暈がした。前髪も、ジーンズも水分も吸って重く、身体に張り付いて気持ちが悪い。うう、あと一歩だったのに……。北の体温は高い。その温もりを濡れた服越しに感じることが酷くもどかしかった。
北家の偶然と北の気まぐれが重なって、名字は北の家へ泊ることになった。北は決まったら行動が早かった。彼女にパーカーを着せると、エナメルバッグを肩にかけて彼女にも準備をするように声をかける。さっきまでの甘く読めない北は何処に行ったのだろう。彼女は首を傾げながらも、エコバックを手に取った。北はエナメルバッグから折り畳み傘を出したが、彼女が首を横に振った。「絶対壊れるよ、走った方がいい」という彼女の言葉に、北は眉をひそめた。だが、風の音に庭のジョウロかバケツが転がるような音がした。北は迷ったすえに、彼女の肩を抱きよせてジャージを上から羽織るようにもつ。
「名字さん頑張って」
「え、私そんなに足早くない」
「名字さん」
「わ、分かった。がんばる」
彼女の言葉に北は頷いた。「せーの」という北の抑揚のない言葉で、二人は蔵から飛び出した。その瞬間、酷い雨と落雷が二人を襲った。ジャージ一枚では凌ぎきれない。それでも、彼女はちょっとだけ楽しかった。すぐそばにある北の体温、匂いに安心していた。確かに大きい音はしたし、冷たかった。でも、そんなの全然気にならなかった。何よりも、北らしくない行動を二人でしていることに高揚感があった。北は彼女を気にかけながら、走った。彼女の小ささは知っているはずなのに、改めて実感した。彼女が控えめに北のシャツを握る。北は今までにはない気持ちを感じた。彼女に頼りにされると、甘えられると、満たされたような、変な気分になる。
「名字さんもうちょっとやから」
「うん、だいじょうぶ、北くんと一緒だから」
「……」
何が、大丈夫なのか。よく分からなかった。それでも北は上がりそうになる口角を無理やりへの字にした。彼女も、北も全身土砂降りだった。冷たくて、靴の中も水分をいっぱい含んで、気持ち悪いのに。踏み出す度に、ぐじゅと嫌な音がした。でも、全然不快ではなかった。名字さんと一緒におると、ほんと意味分からん。
玄関に無事ついた。全て順調だった。北に借りたタオルで身体や頭を拭いていたら、「べとべとやん」と言われて、犬のように髪を拭かれてしまった。優しい手つきに少しだけ眠くなった。タオルの中から北を伺いみれば、その視線に気づいた北にキスをされた。今日の北は本当にどうかしている。彼女も北の首にかけられたタオルを手に取って、北の頭を拭いた。上手くは出来なかったけれど、北は何も言わなかった。互いに拭いても、水分はそのままだ。さすがに玄関からこのままではと彼女が躊躇っていると、北が彼女の肩に手を置いた。
「な、なに?」
「大人しくしとって」
「え、えええ!」
「風呂入らな、風邪ひく」
「!」
北に抱き上げられたことも、お風呂という単語を躊躇なく出されたことも、それは彼女を見事に混乱させた。北は迷わずに風呂場へと彼女を連れて行く。彼女はびしょ濡れの北の肩に掴まりながら、どうすれば少しでも軽くなるか考えた。無駄だと分かっていても、考えられずにはいられなかった。
彼女は洗面所に着いてやっと下ろされた。心臓をおさえて彼女が落ち着いている間に、北はテキパキと洗濯機やお風呂の確認をしていた。そして、大きなバスタオルがいきなり彼女を包んだ。顔を上げると、北くんが首を傾げていた。どうやら、あのお姫様だっこは私の独り相撲だったらしい。少し落ち込んでいる彼女に北は不思議そうにしていた。
「名字さん服脱いで」
「え」
「え、やないよ。脱がんと風呂入れん」
「そ、そうなんだけど……」
その、さっきから、お風呂お風呂って、それは、その。バスタオルを指で弄びながら、彼女はごにょごにょと言葉を濁した。その仕草に北は思い出した。そう、そうだった。俺は名字さんに訊こうとしとった。座り込む彼女を逃がさないように、壁に両手をつくと彼女は目を白黒させて北を見上げた。北はもうその目付きに誤魔化されないと、じっと彼女を見下ろした。
「な、なに、北くん」
「さっき言わんかったのって、結局なに?」
「エッ」
「なんやったっけ……確か、今度はい」
「わー!わ、忘れて、いいの、忘れて」
「よくない。俺に言いたいことあるんやったら、ちゃんと言って」
「……」
お姫様だっこに続けて、何の羞恥心プレイだ、これは。彼女は眉を下げて、首を横にふる。それに、もうその欲求は叶ったのだ。本当に、忘れて欲しい。意思を固くした北は強かった。彼女がどんなに目を潤ませても、困った顔をしても、じっと彼女を見つめ続けた。彼女が折れるしかなかった。バスタオルの中に隠れるように彼女は身体を小さくして、北を見上げる。北は相変わらず怖い顔をしたままだった。
「今度いつ……」
「うん」
「して、くれるのかなって……」
「……何を?」
「……」
「名字さん」
「……ちゅ、」
「ちゅ?」
「ちゅー、今度いつしてくれるのかなって、言いました」
彼女は恥ずかしさがピークだった。キス、なんて恥ずかしい単語は言えない。子どもっぽい言葉で誤魔化したことは許してほしい。完全にバスタオルの中に隠れた……と思ったら、すごい勢いでバスタオルを取られた。いじめだ。彼女は涙目にながら、口を開こうとした。見上げて視界に入って来たの北は告白を受け入れたときの、北だった。熱を秘めた北の目に彼女は口を噤んでしまった。
「やぁ……、きた、むう」
「ん……んっ」
北の熱い舌が彼女の口内で荒々しく動いていた。彼女の口の端からは唾液が零れる。それに気付いた北は彼女の口から舌を抜いて、ちゅうと彼女の唇に吸い付いた。もう一度彼女の口に舌を差し込もうとしたら、彼女の手に押しのけられてしまった。北は何事だと、彼女の手を掴んだとき、くしゅんと彼女はくしゃみをした。ぶるり、と身体を震わせる彼女に北は我に返る。彼女の冷たい身体を思い切り抱きしめて、ため息をついた。
「ごめん」
「え、いや、……北くんは悪くないよ。私もキスしたかった、から」
「……さき風呂入っとって。着替えとか準備してくる。お湯は張ってあるから」
「……」
離れようとする北の腕を彼女は咄嗟に掴んでしまう。彼女の行動が分からずに北は彼女を見つめる。
「き、北くんは?お風呂」
「……」
「か、風邪ひいちゃうよ、身体冷やしたら」
「うん。だから、さき入っとって」
「……!」
彼女は驚いた顔で北を見上げた。北は表情を変えないように、全力を注いだ。彼女は小さな声で、「そっか……最初から、そっか、そういう意味で……」と呟いて、項垂れた。北はそんな彼女の状態に構いもせず、「名字さんバンザイ」と声をかける。彼女はつい素直に両手をあげてしまう。また見事に北に脱がされてしまった。
「名字さん脱がんのやったら、俺が」
「脱ぐ脱ぐ!自分で脱ぐから着替えお願いします!」
北はやることリストを瞬時に頭の中で組み立てた。彼女の身長でも着れそうな服、寒くないように部屋もあたたかくして、あとは……。決めるとすぐに行動に移す北はテキパキと物事を進めて行く。慣れていない他人の家では不安だろうと思い、なるべく北は早めに彼女の元へと急いだ。洗面所へつくと、風呂場から小さな音がした。あの、向こうに彼女がいる。止めそうになった足を動かして、彼女の着ていた服を洗濯機の中へ入れる。とりあえず下着ぐらいは風呂から上がる頃にいるだろう。乾燥、……ボタンをぴっぴっと音を立てながら、洗濯機を操作していたら、急に風呂場の扉が開いた。
「きたくん?」
「!」
「……北くん?」
「名字さん、どうしたん?」
彼女は扉に身体を隠すようにしながら、顔を覗かせた。北がそっと視線を向けると、彼女は安心したように笑う。北は風呂場の扉を開け切ると、びっくりする彼女を抱き締めた。さっきと違って、彼女の身体は温かった。髪はまだ冷たい。どうやらシャワーしか浴びていないようだ。北を待っていたのだろうか。彼女は北の胸を押して、「北くん濡れちゃう」と戸惑っていた。北は彼女の素肌に心臓をうるさくしながら、「今更やろ」と服を投げ捨てるように脱いだ。そんな北に抱き締められた彼女は眉をひそめる。
「北くん身体冷たい」
「ん、名字さんが温めて」
「え」
「はは」
彼女が驚いて顔を上げれば、北は楽しそうに頬をゆるめた。どうやら彼女は北にからかわれたらしい。彼女は怒ることよりも、北に冗談を言われること事態に呆気に取られてしまった。北は固まっている彼女の背をおして、温かい風呂場へと急いだ。二人とも互いに目を逸らしながら、ぎこちない空気を感じていた。彼女は北に言われるままにバスチェアに座って、髪を洗われていた。思わず首を傾げてしまう。どうしてこんなことになっ「名字さん頭動かしたらあかん」あ、はい、すみません。北の手によって彼女の頭は元の位置に戻った。北家は全体的に和!って感じなのに、お風呂は広くて綺麗だった。お風呂だけリフォームしたのかな。彼女は悪癖と言うよりも、緊張から目を逸らすために必死に気を逸らしていた。
「名字さん目瞑って」
「あい」
「……」
彼女はリンスまでされてたところで、北の手が止まった。さすがの北も、身体を洗おうかとは言わないし、言えない。そんなことに気付かない彼女はバスチェアをもって、北の後ろに回った。
「あの、名字さん」
「今度は私が北くんの頭洗うよ、シャンプーこれだよね?」
「あ、それやっ、……けど」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
彼女が北越しにシャンプーへ手を伸ばすものだから、北の背中にふにっと柔らかいものが当たった。無防備に、北の背中に触れて押し潰された。普通気付くやろ……女子の胸には神経通ってないんか?あまりの動揺に北がありえないことを考えているなんて彼女は思いもせずに、北の髪へ手を伸ばした。誰かの髪を洗うのは新鮮な気持ちだった。シャンプー、リンスされている間、北はずっと真っ直ぐ背筋を伸ばしていた。以前から姿勢はいいと思っていたけど、ずっとこれで疲れないのかな。彼女は北の髪を洗い流しながら、自分とは違う背中にドキドキしていた。
「目に泡入ってない?大丈夫?」
「だいじょうぶ」
「あ、じゃあ、次は背中流す?」
「え、あ、名字さん」
「うん?」
北は振り返って彼女と久しぶりに目を合わせた気分だった。彼女はきょとん、瞬きを一つして首を傾げた。立っても座っても、どしても二人には身長差があった。北は嫌でも視界に入ってくる胸元から極力視線を逸らして、口を開いた。
「その、さっきから当たっとるんやけど……」
「……」
「若干見えとるし」
若干と言うか、丸見えだが。
「!」
北の言葉に彼女は顔を真っ赤にして、北に抱き着いて来た。北はびくっと身体を揺らして、意味もなく両手をあげた。まるで電車の中で痴漢だと疑われたサラリーマンのようだった。
「ちょ、名字さん」
「だ、だって、見えちゃう」
「それは……」
そうやけど。確かに隙間なく引っ付かれたら見えへんけど、……けど。そういう問題ではないだろう。視界よりも、触覚の方がダイレクトに伝わってくると彼女は知らないのだろうか。二人の身体はすっかり火照ってしまっていた。まだ、あかん。北は一度強く目を瞑って開けてから、彼女の肩に触れた。
「背中向けて身体を洗えばええんや」
「お互いに?」
「うん」
「……ええ、でも、私北くんの背中流したい」
「名字さん」
「……はい」
「あったまる……」
「せやなぁ」
彼女は湯船の中で足を少し伸ばして、身体をリラックスさせようとしていた。北は思った。彼女に抱き着かれるよりも、抱き締める方がいい。名字さんは俺のこと唐突とか言うけど、名字さんの方が唐突やし。絶対。彼女が自分の腕の中に居る方が安心する。色んな意味で。ようやく二人は一息ついたと思って、同時に息を吐いた。彼女が北の方へ振り返った。二人で目を合わせると、ふにゃふにゃと力の抜ける顔で笑い合った。
「はは、変やな」
「へん?」
「名字さんと俺の家で風呂入っとるのが」
「たしかに、変だ」
「なぁ、名字さん」
「ん?」
北は彼女のお腹に回していた手に力を込めた。彼女のおでこに北のおでこが触れて、彼女の視界は北でいっぱいになった。北の唇がゆっくり動く。
「俺のこと癒して」
「!」
彼女は北の言葉に大きく目を見開いて、視線を逸らして、彷徨わせて……、覚悟を決めると目を瞑って北にキスをした。控えめな、慣れていないキスだった。北は柔らかく笑うと、彼女の頬に手を添えて彼女の唇を塞いだ。彼女は北の首に腕を回して、北のキスに応えた。ぴったりと唇を合わさって、北の舌が彼女の上顎を舌先でくすぐるように動く。彼女らしくない高い声や吐息が風呂場に響いた。彼女は恥ずかしくなってきて、北から逃げようとした。
「やぁっ、やだぁっ、……」
「んっ……なんで?」
「だって、……そこ、変なかん」
北は興奮しながらも、楽しかった。北と一緒にいるときの彼女は穏やかに笑っているか、小言を言われてしょんぼりしているかだ。確かに彼女には笑顔で居て欲しい。でも、好きだからこそ、色んな彼女が見たくて、知りたい。俺だけの、名字さんにしたい。彼女の弱いところを攻めながら、北の手が彼女の胸に触れる。彼女は大きく目を見開いたが、すぐに目を細めて北の頭へ手を伸ばした。前髪が上がって、普段見えない北の額が妙に可愛く見えた。彼女は膝の上に跨ると、北の額に唇を寄せた。
「あかんわ……」
「あかんくない」
北よりも視線が高くなった彼女はくすくすと小さく笑う。彼女の腕の中で、北は彼女の胸に顔を埋めて項垂れた。結局彼女の甘さには勝てない。北がそろりと顔を上げれば、彼女は恥ずかしそうにしながらも唇を軽く突き出した。北はその唇に重ねて、何度も唇同士を触れ合う。彼女の胸に触れる北の手のひらはぎこちなく、優しかった。もっと好きにしていい、好きにしてよとでも言うように、彼女は自分から北の唇を舌先で突いた。北があまりにも可愛いらしくきょとん、とするものだから、腰が疼いてしまう。無防備に開いた北の唇の隙間は、本当に北の隙を表すようだった。
ああ、北くんの口の中ってこんなに熱かったんだ。さすがに恥ずかしくて、目は開けられないけど。彼女はたどたどしく北の舌に触れて、絡ませた。そして、北の上顎を舌先で擦るように触れると、北のお腹がぴくりと動いた。聞いたこともない、低く色っぽい息遣いに彼女はどきりとした。
北は薄目を開いて、彼女の可愛いキスに応えながら遠慮なく手を動かした。決して、仕返しとかそういうつもりはない。北の手のひらが胸を下から掬いあげて、そのまま全体を確かめるようにやわやわと優しく揉んだ。北の手のままに、ふにゃふにゃと形を変える胸に北はごくりと喉を鳴らした。まるで、名字さんみたいやん。彼女は他人にこんなにしっかりと胸を触れられることが、恥ずかしいことだと知らなかった。自分の身体の一部のはずなのに、変な感じがする。北の固い指先が彼女の胸の先端に掠ると、彼女は大袈裟に肩を揺らした。
「あっ、う、……」
北が触れる度に、もどかしい感じがした。ちゅぷちゃぷと音を立てて、触れる温かいお湯でさえ刺激になっていたのだ。口を離した彼女は自分の口を手で隠した。北が笑う。彼女が初めて見る笑みだった。
「北くん意地悪な顔しっ、やぁ、や、だッ」
「可愛がっとるだけ」
そんなの、言葉の言い様じゃないかな、北くん。ぐりぐりと、北の指先が胸の先端を優しく摘まんで、擦る。彼女は自分の身体の変化に、嫌でも頬が熱くなる。恥ずかしさと、初めての気持ち良さに戸惑ってしまう。ふいに北の手が彼女の背中を支えるように移動する。女のカンか、本能か。彼女は嫌な予感がした。ちゅう、とこの場には似合わない可愛い音を立てて、北が胸の先端を口に含んだ。彼女は目を瞑った。耐えられない。耳が、首が、全部が熱い。
硬くなった胸の先端はかたいのにやらかい。弾力のあるグミのようだと北は思った。きっと彼女の身体がお菓子だったら、甘ったるいだろう。舌先で突いたり、舐めたりすれば彼女の口からかわいい声がもれてきた。視線を上げれば、彼女は可哀想なぐらい顔を真っ赤にして手の甲で口を隠していた。まあ、今はいいか。彼女がその方がリラックスできるならいい。ちゅうう、と吸って離せば、可愛らしくぷくりとなっていて、もう一度つい吸い付いてしまう。彼女の口だけの拒否は聞こえないフリをした。
「……し、死ぬかと思った」
「ここ?」
「やんっ……」
色気のない彼女の言葉に、やらしくなっている胸の先端を指で弾けば彼女の口からやらしい声がもれた。彼女は北の頭を思い切り抱きしめて、「勘弁して」と半べそをかいた。北は息を吐くように笑って、彼女の背中をやさしく撫でた。名字さん悪いけど、それは聞けへん相談やわ。彼女の鎖骨にちゅ、ちゅとキスをすれば、彼女の身体がもぞもぞと動いた。くすぐったいらしい。唐突に「あ、……」と彼女が何かに気付いたような声を出した。北はそんな彼女の腰を思い切り抱いた。あつくて、かたいものが彼女の太ももに触れていたのだ。
「いや?」
「え?」
「名字さん嫌なら、言って」
「嫌じゃない、嫌じゃないよ……だって」
「だって?」
北は尋ねているだけ。二人のことを、二人で決めようとしているだけ。なにも、恥ずかしがることはない。彼女は北の目を見つめ返した。少しだけ緊張した目が、彼女を見つめていた。
「わ、私も北くんとしたい、から」
「……あかんわ、名字さん」
「え、あっ、まっ、まって、き」
「待てへんもん」
北の指が彼女の足の間へ、奥へ触れる。お湯とは違う、あたたかさに北が彼女を見上げる。彼女は目を逸らした。ここは恥ずかしがっても許されたい。「濡れとる」「言わないで」そんな会話を挟んで、北の指が彼女の中へ入ろうとした。彼女は感じたことのない痛みに、北に掴まった。北も彼女の呻き声に慌てて彼女を抱き締める。
「ごめん、痛かった?」
「だ、だいじょうぶ、最初だけだよ」
「……」
北は一瞬真顔になって考えると、彼女の腰を抱いて立たせた。大きく波が打った。彼女を風呂の淵へ座らせて、「落ちへんようにしとって」と彼女の真似をして、彼女の額にキスをひとつ。彼女は不安定にならないように、一応両手を風呂の淵につける。
「あ、あの、きた、くん?」
「ちょっと我慢な」
「ひい、うそ、ちょっと」
躊躇いなく両足を開かされた彼女は目の前の光景から目を背けた。だって、北くんの、顔が自分の……これ以上は言えない。北にとっては彼女の羞恥心よりも、彼女の痛みを取り除きたい。触れたときに分かっていたが、指が滑るほど濡れている割れ目を舌先でぺろりと舐めた。彼女の白い太ももぴくぴくと揺れて、彼女の口から甘ったるい声が出る。いっとう感じると言われているところも、胸の先端のように硬くなっていた。ちろちろ、とやさしく舐めても刺激が強いらしい。
「きたっ、く……、そこ、やだッ」
「……ほんとう?痛い?」
「……いたく、ない」
どこまでも素直な彼女に北の目に甘さが宿る。北の唾液と、彼女の所為ですっかり滑りがよくなってしまっていた。北が舌全体で撫でるように舐めると彼女の腰が大きく揺れて、彼女の息も荒くなる。割れ目からとろり、と垂れてきた。北は割れ目に沿って舌先を上から下へ、下から上へ動かした。そしてゆっくりと、彼女の中へ舌を差し込んだ。彼女の口からは甘く可愛らしい声がもれるだけで、痛がっている様子はない。やさしく、ひろげるように北の舌が彼女の中に入って来た。とろとろと狭く温かな中に本当に俺のものが入るだろうか、と北は疑問に思った。北の舌が入ったり出したりするたびに、きゅんと彼女の中が締る。彼女に締め付けられる度に、入るか、入らないよりも、彼女の中へ入りたいという欲が強くなるのが北は分かった。身体は正直やな、呆れるぐらいに。
くちゅくちゅ、とやらしい音を自分の身体が立てているのだと思うと、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。北の温かく柔らかい舌がにゅるにゅると、彼女の中を擦って広げるたびに彼女は強く唇を自分の手の甲に押し付けた。片手で自分の身体を支えるのはきつい。でも、声を聞かれる方がきつい。彼女の手の甲はいつの間にか彼女の口から零れて唾液でべどべどになっていた。北の指先が彼女の太ももを撫でてて、いっとう感じる場所を指の腹でぐりぐりといじめるものだから、彼女は嫌でも涙が出てきた。恥ずかしさと、熱さと、感じ過ぎて息が苦しい。
ぴくぴくと、彼女の白い太ももが痙攣するように揺れ始める。そして、北の舌をきゅううと締め付け始めた。彼女は腰をがくがくと揺らしながら、「だめ、だめ」と顔を横に振る。北の舌がぐりぐりと中を強く擦って、じゅるじゅると吸ったときに彼女の中で強く締め付けられた。
「やっ、ああっ……ふ、……んんっ」
「……んっ」
彼女の腰が大きく揺れて、悲鳴にも似た高い声が風呂場に響く。北は倒れ込みそうになった彼女を受け止めながら、ぺろりと口の周りを舐める。彼女が見ていたら、それこそ悲鳴を上げているに違いない。荒い息の彼女の頭を撫でて、北は試しに彼女の中へ指を一本入れてみる。相変わらず狭かったが、北の人差し指を締め付けながらそこは北を受け入れた。北は舌で触れたところを、指の腹でやさしく擦った。
「き、たっくん、だめ」
「ん、ここ、やったかな、たしか」
「んあ、あ、や、だやだ、きたくんっ」
「いたい?」
「もぉ、そればっかりぃ」
彼女の涙声に北は小さく笑った。
「しゃーないやん、名字さんが可愛いから可愛がっとるだけ」
「ひゃあ、ずる、い……きたくんは、ずるい」
北の言葉に反応するように北の指を締め付ける。北は彼女の様子を見ながら、もう一本指を増やした。一番長い中指は今まで届かなかった彼女の奥に届いて、彼女はびくびくと腰を揺らす。下腹部の内側を撫でるように、指の腹で擦れば彼女の声が一層甘くなった。北の首に掴まって、彼女は必死に耐えようとするが呆気なくまた達してしまった。彼女の視界がぐらりと、傾いた。
「名字さん?名字さん?」
「……う、うう、北くんあつい、です……」
「あ、のぼせたんか。あかん、名字さんちゃんと掴まっとって」
「う、うう」
「名字さん」
「あ、ありがとう」
彼女は北に渡されたマグカップを受け取って、ゆっくりと喉を潤した。マグカップはすぐに北の手に渡って、ベッドへ押し倒された。彼女は笑い押し殺していたが、北にばれてしまう。
「何で笑っとるん?」
「だって、インターバルが思ったよりも長くて」
ベッドに広がる彼女の髪は乾いていたし、眩暈がするぐらい熱かったねつも落ち着いている。そんな彼女の笑い声を閉じ込めるように、北は彼女の唇を塞いだ。北に乾かしてもらった髪に、北の指が差し込まれて通される。北のその触れ方が彼女は好きだった。くちゅくちゅ、と舌を絡ませて、北の指が彼女の足の間へ伸びる。さっきまで泣いてしまうぐらい、いじめられた……、北に可愛がってもらったところだ。そこも、上と同じようにくちゅくちゅと音を立てた。彼女の頬がかぁと赤くなる。
「こないになっとるのに?」
「ん、やぁ」
「ほら、ちゃんと指も入る」
「んんっ」
一本、二本と彼女とは違う、北の硬く長い指が彼女の中へ入っていく。ちゅくり、音を立てて彼女の中が広がる。圧迫感と、変な感じだと誤魔化している感覚に理性が塗り替えられそうで、彼女は唇に力を入れた。お見通しだと言うように北の舌が彼女の唇を割って入って来た。嫌でももれてしまう声に彼女は眉を寄せた。
「うっ、……んんっ」
「さすがにきついか」
「だ、いじょうぶ」
「強がりはあかんよ」
三本目の指が、彼女の中に沈んで酷い圧迫感に彼女は涙目になる。北は彼女の目尻にキスをして、三本の指をぐるりと動かした。やっぱり、北くんも男の人だったんだ。身体だけじゃない、指先まで男の人。そんな指が三本も、無駄な脂肪がついていない硬い指はそれなりの質量があって当然だ。
北は自分の指が彼女の中に入っているところに、視線が向きそうになっては彼女の顔へ戻していた。どうしても自分の指が彼女の中に入っているところを見てしまったら、連想してきっと我慢が効かなくなる。かなり解したとは言え、彼女の中は相変わらず狭く北を締め付けてくる。指先を動かすのも力がいる。力尽くではなく、加減をして彼女の中へ触れることが難しい。北は指先が押し返される感覚を味わうたび、言い様もない快感に腰をくすぐられるような気持ちだった。もどかしい。
「う、あ」
「きたくん、きつそう」
「名字さん」
彼女の柔い太ももが意図的にあつく、かたくなっているもの触れた。すりすりと、子猫が擦り寄るように甘えられたら、我慢が出来なくなる。北の鋭い視線に、彼女は眉を下げてへらりと笑う。痛いくせに、苦しいくせに、名字さんの方が意地悪や。俺をどろどろに甘やかしてくる。彼女は手を伸ばして、北の髪を撫でた。
「私も北くんに触りたい。だから、ね?」
「……」
「ん、やっ」
耳を塞ぎたくなるような重い音を立てて、彼女の中から北の指が抜かれた。彼女は自分の身体に違和感をもっていた。さっきまで北くんの指を入っていることが違和感だったのに……。この短い時間で、自分の身体が北に変えられていることを実感して彼女は密かに頬を赤くした。北は腰に巻いていたタオルをベッドの下に落として、ベッドサイドに置いてあった避妊具を手に取った。さすがの彼女も目を逸らして、そのときを待っていた。
「名字さん本当にええの?」
「ええよ」
「……即答やん」
「だって、北くんだもん」
北は固い表情を一転させて、ふにゃりと眉を下げて笑う。彼女が両手を広げて北を迎えれば、北はそのまま彼女の中に沈んで行った。ゆっくりと確かに北が自分の中へ入ってくる感覚に彼女は涙を流しながら、感じていた。北はきつい締め付けに息を詰まらせながら、耐えて奥へ奥へと進んでいく。内臓を押されるような圧迫感はこれまでに感じたことない、苦しさだった。「きた、くん、ぎゅう、ってして」と目を潤まして彼女が北に甘えれば、北はぎゅうう、と彼女を抱き締めた。
内側から感じる北はあつくて、かたかった。外側から感じる北もあつくて、かたいはずなのに、北の体温は彼女の痛みを溶かしていくようだった。二人の視線が交わって、唇を重ねる。北の舌が彼女の口内を犯すように舌を動かせば、彼女の中の奥がとろとろとさらに濡れて行く。彼女の腰がもどかしそうに動いて、北のものを締め付けながら奥へ奥へと誘う。そして、北のものが触れる。これ以上にない、彼女の奥へと。
「はう、……きたくん」
「しんちゃん」
「え?」
「そう呼んで、名前」
「し、しんちゃん?」
「名前どうしたん?」
彼女は泣きそうになる。見たことのない、北の笑顔だった。まるで自分がとても大切な宝物ではないかと、錯覚してしまいそうだった。そんなに愛おしそうに見ないで欲しい。そんなにやわらかく微笑まないで欲しい。北の、声も、眼差しも、手つきもすべてがやさしかった。
「しんちゃんの、全部入ったね」
彼女は大切なものを仕舞い込むように北を抱き締め直して、微笑み返した。その瞬間、北の笑顔が崩れる。
「もー名前は本当に意地悪やな」
「え」
「動いて、ええ?」
「ええよ」
「またそれ」
北は彼女の小さな笑い声を甘ったるい喘ぎ声と変えていく。出したり、入ったり。そんな単純な動作がどうしようもなく、気持ちがいい。くちゅくちゅ、と身体が一つになっている音までも、北を興奮させた。
「う、あ……んっ」
「名前、へーき?」
「う、ん、だいじょう、ぶ」
彼女は珍しく言葉が崩れた北に胸がきゅんとしていた。個人的に北くんは可愛い顔つきだと思うんだけど、北くんの雰囲気や表情が大人っぽく見せてるのかなぁ。そのギャップが好きなのか、彼女は北が見た目通りにちょっとだけ幼い仕草をすると、とても胸が高鳴るのだ。ぐちゅぐちゅと北と彼女の間が激しくなって、北が腰を動かす度に彼女は息が苦しくなって口に力が入らなくなる。北は眉をよせて北を感じている名前が可愛いくて仕方がなかった。彼女が逃げないと分かっていても、北は彼女の腰を引き寄せて、強く腰を打ち付ける。そして、その瞬間が来た。北は彼女の肩をベッドに押し付けて、彼女の中で達した。
「うっ」
「やぁっ、んっ」
彼女の耳のすぐそばで、熱い息遣いがした。ゆるゆると余韻までも味わうように腰を動かされて、嫌でも甘ったるい声が出る。彼女は自分の上で荒い息を整えている北を抱き締めながら、頭を撫でた。北はそのまま甘えるように頬ずりをしてきた。
「あかん……めっちゃねむい」
「うん、私も。ねよう?」
「でも、……」
北は彼女の腕から抜け出して、彼女の中から抜いて、避妊具を縛ってゴミ箱に投げ捨てる。見事に入ったが、意外だった。北はまた彼女の腕に戻って来て、頑張っただろと言うように彼女の胸に顔を埋める。ぬぐえない疲労感が二人にはあった。彼女は北を抱き締めて、北の要望通り頭を優しく掻き混ぜた。
「おやすみ、しんちゃん」
「ん、おや……」
挨拶はちゃんとせなあかん、という北の思いは届かず北はそのまま眠ってしまった。その微睡の中で北は思った。ああ、名前のこと知るのに一晩じゃ、全然足りんなぁ、と。
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