編み込む1
疲れた。自室で目を瞑って今日の出来事を思い出していた。やっぱり宮らしい笑顔で追い込まれて捕まったような気がしないでもない、と彼女は首を捻った。昨日と変わらずお気に入りのカバーをつけたスマホに、宮くんの、自分の彼氏の、人気者の男の子の連絡先が入ってるって思うだけで、大分違って見える。変な感じがする。彼女は適当に眺めていたSNSを閉じて、テーブルにスマホを置きっぱなしにすることにした。落ち着かない。お風呂入ろう。お風呂に入っても心ここにあらず状態の彼女は髪を乾かして、無理やり意識を逸らしていたスマホを手に取って、もっていたタオルを落とした。
「宮くんからlineが来てる」
【名字さんこんばんは〜。今日はいきなり驚かしてごめんな。これからよろしく】
そのメッセージの後に白くて丸い生き物みたいなスタンプがぺこりとお辞儀していた。かわいい。彼女はそのスタンプに一瞬和みかけたが、【これからよろしく】という文字に宮と付き合っている事実を実感して頬を熱くした。ベッドに顔を埋めて言い様がない羞恥心に耐えた。今日だけで大分精神的に疲労している。
「いきなり驚かしてごめんな……だって」
宮くんは優しいのか、強引なのかよく分からない。傍から見ても、バレーに注ぐ情熱が生半可なものじゃないものって言うのは分かる。いや、分かるって言うか、すごいなって。これって分かるって言わないのかも。
バレーのこと詳しくないから、そこまで技術面ですごいとか、強さとかで分かるわけではないんだけど。同年代が一つのものに夢中になって、打ち込むというのがすごいと思った。それこそ、人気とか、周りの目を抜きに、素直に自分とは違う人間だって思う。そんな人が私のことを好きって、……変なの。
「宮くんもしかして趣味が変わってたりして……」
【名字さん電話してもええ?】
「ぎゃああ」
タイミングが良すぎる宮からのメッセージに、彼女は悲鳴を上げてベッドから落ちた。怖い。宮くんやっぱり怖い。起き上がりながら、なんとかスマホを手に取って彼女は顔を顰めた。返事をどうしようか悩んでいたときに、新しいメッセージが来てしまったため、既読をつけてしまった。
電話って、宮くんと?話すことなんてあるか……?そんなことを考えていたら、着信画面に変わって、反射的に応答を押していた。
「もしもし?名字さん?」
「……こ、こんばんは」
「お〜こんばんは〜って、それlineの返事やろ」
「え、いや、うん」
「めっちゃぎこちないやん。電話したら、あかんかった?」
「あ、あかんかった」
「なんで?」
「こ、心の準備が」
「あ〜それは分かるわ」
「う、ウソだ!」
彼女は宮との会話に夢中になって、ぽんぽんとリズムよく返事を返していた。心配しなくても、宮と話せていた。きっと他の男の子じゃなくて、宮くんだからこうやって話せるのかな。彼女にうそつき呼ばわりされた宮はくつくつと喉の奥で笑った。彼女は知らない。宮が電話のタイミングを迷っていたことも、咳払いをしてのどを整えていたことも、彼女と付き合えているか不安に思ったことも全部知らない。
「嘘やない。好きな子に電話すんの緊張するわ。でも……名字さんの声聞きたかったし、名字さんの彼氏って、だれ?」
「え?宮くんじゃないの?」
「ん?宮?宮って二人おるやん。どっち?」
「え?……あつむくん?」
宮に何か誘導されているのは分かる。でも何がしたいのか分からない。彼女は首を傾げながら、宮の返事を待った。待ったが……、宮から返事がない。彼女の困惑にも気付かず、宮は口元を押さえていた。首筋から耳まで熱い。俺のこと、彼氏やって思ってくれとるとか、初めて名字さんから名前呼ばれたとか、嬉しくて仕方がない。そんな風に仕向けたのは自分だけれども、やっぱり実際彼女の声には敵わない。にやける口元を引き締めようとしたが、「宮くん宮くん?もしもし?宮くん?」と心配そうに電話越しで呼ばれて、それは失敗に終わった。
「名字さん」
「あ、宮くんいた」
「おるよ」
おるよ。名字さんのせいで、返事できんかっただけ。
「俺も名前って呼ぼうかなぁ」
「……も?」
「おん、名前って。そっちの方が付き合っとるっぽいし」
「……」
「名前?名前ちゃーん?」
「……」
返事がない。宮は耳を澄まして、神経を研ぎらせた。僅かに唸り声のようなものが聞こえて、「……名前呼ばれた」と言ったと思ったら、何か叩くような音がして、「ぎゃあ」とした悲鳴と共に大きな物音がした。もしかして、名字さんベッドの上におるんか……?宮はよこしまな発想をすぐに打ち消した。まだ早い。
「名前?」
「……は、はい」
「何か大変やったみたいやね」
「宮くんのせいだよ」
「うん?誰の?」
「みや」
「だ、れ、の?」
「……あつむくん」
「うんうん、これからそう呼んでな」
「えー……」
「えーやない。はいや、はい」
「へい」
「名前?」
「はい」
抵抗する割りには素直のなるのはや。宮はニヤニヤしながら、言葉を口開こうとして慌てて閉じる。部屋の扉を見て、舌打ちをしそうになった。
「名前」
「……なに?」
「めっちゃ名残惜しいけど、今日はここまでにしとくわ」
「ほ、ほんとう!?」
「喜ぶとこちゃうわ。じゃあ、名前おやすみ」
「うん、おやすみなさい侑くん」
自然と彼女の口から出て来た自分の名前に、宮は目を丸くした。しかもおやすみなさいって!おやすみやなくて、おやすみなさい!?なにそれ可愛すぎるやろ!慌てて彼女の名前を呼ぼうとしたが、耳元からはツーツーツーと寂しい音が響いた。
「名前あっさりし過ぎやろ……好きやけど」
「何が?あっさりなん?ポテチの話?」
「!」
ガチャと部屋の扉が開いて、髪を拭きながら現れたのは双子の治だった。侑は「なんもない」と首を横に振って、風呂に向かうことにした。くっそ、治がもうちょい長風呂やったら電話できたのに……!その理不尽な八つ当たりに気付いた治は侑の方をじっと見つめた。
「な、なんや」
「お前くどうそうやから、飽きられへんようにな」
「!」
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