宮からメッセージと夜の電話が日課になった頃、そのときは訪れた。普段の通りにスクールバッグに荷物をしまって、下駄箱へと急ぐ。その際に宮からの連絡はないか確認すると、丁度宮からの新着メッセージがあった。

【今日部活あらへんのやって……】
【残念だね】
【やから、体育館借りてしてくる!名前もくる?】

「……」

 タップしかけた手がとまって、彼女は返事に困った。正直行きたくない。バレーをしている侑くんは見たいけれど、練習の邪魔はしたくない。それに他の人も、いるし。せっかく誘われたのに断りを入れるのも失礼な気がする。

【やっぱうそ!名前まだ学校おる?一緒に帰ろ】
【名前家の近くの体育館借りることになったから、そこまで!】
【下駄箱にいるよ】
【あーじゃあ裏門の、自動販売機のとこで待ち合わせな】
【わかった】

 彼女は淡々と返事を返しながら、顔を合わせて宮と二人きりで話すのは宮から告白されたぶりだということに気付いた。ずっと電話で、ときどきで教室で話しているのに、変な感じがした。二人きりという状況なだけで、こんなにも緊張している。……こんなにも、嬉しいって思うなんて。無意識に緩んでしまう頬に彼女は気付いていなかった。彼女はいつもより軽い足取りで待ち合わせ場所へと向かう。

 宮は自然と走りそうになる足を落ち着かせようとしたが、やっぱり走ってしまった。そして、そわそわと落ち着きなく周りを見渡している彼女を見つけた宮は思わずその場に立ち止まってしまう。今か今かと周りを確認している彼女の姿に、興奮にも似たような幸福感が身体中に走った。今彼女が待っているのは宮だった。宮のためだけに、あそこに立っている。余裕な態度で行きたかった。わざわざ息を切らすなんて、わざとらしいと思われるかもしれないと考えてしまった。ぐだぐだと考えてたことは一瞬で無駄になって、結局宮は彼女の元へ走っていた。

 彼女は宮の姿に気が付くと、目を丸くして宮を見上げた。宮は髪が乱れて、少しだけ汗をかいている。大きく深呼吸をして、息を整えていた。彼女は宮を待っていたとき、早く会いたいと思った。早く来て欲しい、と。でも、いざ宮が目の前に来ると素直になれなかった。建前が当たり前のように口から滑り出る。

「宮くんそんなに急がなくても」
「待たせたくなかった」
「ええ、ゆっくりで大丈夫だよ」
「嘘や。大丈夫やない癖に、俺のこと待っとった。そうやろ?」

 宮はいつもと変わらない。自信満々な態度で彼女に言って見せたが、何処か願望のようにも聞こえる気がしていた。彼女は宮の問いかけに、恥ずかしさよりも大切にしてくれる宮の想いに応えたいと思った。でも、まだ言葉にする勇気はなかった。今の彼女はまだ頷くだけで精一杯だった。そんな彼女に宮はまたさっきの感覚が身体に走って、そのままへらりと彼女に笑いかけた。

「あ、あつむくんは誰のために、走って来たの?」
「え」
「……」

 彼女に告白してから宮は気付いたことがある。彼女は意外と負けず嫌いだ。顔を真っ赤にしながらも、宮を見上げる彼女に宮はとびっきりの笑顔で応えてやった。

「名前のために決まっとるやん」
「……」

 甘ったるい宮の笑顔に彼女は両手で顔を覆って、小さな唸り声を上げた。何度もその照れ方を電話で聞いている宮はケラケラと笑って、彼女の手をとった。彼女はびくっとしながらも、大人しくされるがままだった。宮はあくまで手をとっただけで、握ることはしなかった。強引なように見えて、そこには宮の弱さも優しさも隠れていた。




 落ち着いた住宅街を歩いて、そろそろ体育館と名字の家の方向が別れる道へつく。もうすぐ家につく。宮と二人きりだと感じる、このドキドキから解放される。でも、彼女の小さな手を握る宮の力は強くなるばかりだった。彼女はまだ帰らせたくないと宮に言われているようで、自然と歩幅は小さくなっていた。宮はよく気が付く男だった。彼女と歩くときは自然と歩幅は彼女に合わせていた。宮はぺらぺらと口を開いていたが、不満そうに眉を寄せた。立ち止まって宮が彼女の顔を見下ろすと、彼女は気まずそうに目を逸らしていた。

「なんや……名前口数少なくない?」
「……対面して話すの慣れてない」
「えー……じゃあ」
「なっ」

 ぐいっと近づいて来た宮の顔に彼女はびっくりして、顎を引いた。何をするんだと彼女は宮を訝しげに見上げる。

「せっかくやから、慣れてもらおうって思って」
「む、むり」
「なんで」

 彼女の即答に、宮は不機嫌そうに唇を尖らせる。彼女は宮の手を握り直して、ぐいぐいと宮の腕を引っ張った。耳を貸して、と言われることに気付いた宮は仕方なく腰を曲げた。

「侑くん自分がイケメンって自覚あるよね?」
「……俺イケメン?」
「え、ええ……イケメンじゃないの?あんまり近く見るの無理だよ」
「名前っ」
「ぎゃあ」

 宮はつい彼女を抱き締めた。抱きしめるというより、バレーでいい点数を取ったときのように仲間の背中を叩くような色気のないものだった。好きな子にイケメンと言われて悪い気はしない。それを理由に彼女がぎこちなくなるのは嫌だが、悪い気はしない。

 急に抱き寄せられた彼女は宮の胸板を押すと、全身の毛を逆立てた猫のように宮を睨み上げた。その目尻は赤い。彼女から拒絶されたことに宮は少なからずショックだったが、距離を測り損ねた自分が悪い。宮は場を和ませようと、おいでおいでと自分の胸をさした。冗談のつもりだった。まだあかんか!って自虐ネタにしよう思った。

 けれども、彼女がおずおずと近づいてきて、宮の胸に大人しく収まるものだから、宮は固まってしまった。そんな宮に彼女は不思議に思って、顔を上げた。彼女と宮の目が合って、彼女は宮が本気でなかったことに気付いた。その瞬間、宮の胸の中から逃げようとしたが、すぐに宮の腕に捕まってしまう。むにっと、彼女の頬が宮の胸板で潰れた。宮の腕は想像よりも、太くて力強かった。彼女の身体は想像よりも小さくて、細くて柔らかかった。宮は彼女の髪に頬を寄せながら、彼女を抱き直した。離れたくなかった。

「あつ」

 彼女は宮を呼ぼうとした。一気に空気を壊すけたたましい音に彼女はびっくりして、宮に思い切り抱き着いた。内心、宮は舌打ちしまくりだった。抱き着いて来た可愛い可愛い彼女の頭を撫でながら、宮はポケットからスマホを取り出した。

「なんや!今いいと……あ、北さん……はいはい、すぐ行きます!俺も参加します!」
「……」

 宮は電話を切って、スマホをポケットに戻していた。その中で、そろ〜と宮の腕から抜け出そうとする彼女を宮は思い切り抱きしめてから、すぐに離した。彼女は離れて行く体温に少し、寂しいと思った。

「名前今日も電話していい?」
「う、うん」
「じゃあ、気を付けて帰るんやで」
「侑くんも気を付けて」
「おん」

 宮は彼女に背を向けると、勢いよく走り始めてた。小さくなっていく宮の後ろ姿に彼女はその場に座り込みそうになった。今日は色々と刺激が強すぎた。

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