お見舞い
* 猫はがれる *
「…」
俺はベッドを背もたれにして座り、そこら辺に積んであった漫画を読むことにした。
許せ、人間暇には勝てない。
ローテーブルに、ポカリとレトルトのおかゆを温めて作っただけのものを置いているが、
これが使われるのかは未定である。
朝と夜の温度差が激しいな、と思いながら、コンビニへ行こうとして、
玄関を開けたときに、目の前で倒れている隣人が居れば誰でも焦ると思う。
急いで抱き上げて、様子を確かめてみると、頬を赤くして息が荒かった。
よくよく見ると、彼女の持っているビニール袋には、ここから近い薬屋の名前があった。
病院帰り…?
「おい、大丈夫か?」
「…う、う〜…さむい、あたまいたい、…もうかえる」
意識が朦朧としているのか、きゅっと寄せられた眉間の皺がどれだけ彼女が
苦痛に思っているかが表されている。
かすかに開かれた目も、赤く…というか、もう泣き始めていて、ぽろぽろと涙が赤い頬を伝う。
今まで気まずそうな顔をしか、見たことがなかったので、案外彼女は表情豊かなのかもしれない。
小さい子(あまり正しくない表現かもしれない、彼女は高校生だ。)の扱いはあまり分からないが、
とりあえず背中をぽんぽんと軽く叩いて、あやしながら、どうするかと考える。
正直、他人の家に入るのはためらったが、絶対俺の家より火神の家の方が色々と揃っているだろう。
よく体調を崩すわけだし。
たいが、名前、と書かれたポスターがあった。
俺の記憶が正しければ、あれは高校の頃に見ていたアニメのポスターだ。
ポスターを何故ここに貼っているのか、ポスターに何故書き込みをするのか、と
さまざまな疑問をもったが、腕の中でくすんくすん泣いている声が耳に入って、すぐにその疑問を隅に追いやった。
彼女の部屋に入ると、これまた驚愕。
漫画がたくさん置いてある。本棚にもあるが、結構乱雑においてある。
学習机とローテーブルとベッド、…そして、本棚が三つ。
ローテーブルの上にはノートパソコンが置いてあった。
「…」
とりあえず、上着を脱がして寝やすいようにする。
着替えが必要だろうか、と思ったが、彼女の意識が曖昧な上に勝手が分からないのに、
色々と手を出すのは気が引ける。
毛布と掛布団をかけてやると、すぐに丸まって、彼女の頭部の本当に上の方しか見えなくなった。
泣いているような声は続いているが、横になりたいのは間違いないだろう。
ふう、と一息ついた。
病院帰りということは、それなりに治療をしたということなのだろう。
……。
彼女が肩に掛けていた鞄を探って、携帯を探す。
携帯の履歴から、見覚えのあるものを選び、電話をかける。
丁度昼時だし、休憩中だろう。
「・・・…もしもし?名前?」
「あ、悪い。俺だ、黛」
「は?なんで?…ですか?」
「玄関の前で、…名前…ちゃんが倒れていて、今部屋に運んだんだ。
あー…勝手に家に入ったり、携帯使ったりして悪いな」
「え、いや、全然。こっちこそ、名前がすみません」
「…今日部活は何時までなんだ?」
「あ……八時?くらいっす」
「……そうか」
「あ、大丈夫…っす。帰ってもらっても、寝てれば治ると思うし、いつものことなんで」
「…ん、分かった。悪いな、部活中に」
「いや、本当名前運んでもらってありがとうございました」
「ん」
電話を切って、丸まっている彼女を見下ろす。
…いつものこと、ね…。
「…たいが…」
…。
「役不足だが、居るだけマシだろ」
聞こえているか分からないのに、俺は頭を撫でながら彼女に声をかける。
「…たいが…うるさい」
「…」
「う、…ん〜…ん?」
「起きたか?そして、この漫画の十二巻はどこだ?」
「……まゆずみさん…なんでいるの?」
「お前が俺の家の前で倒れていたからだ」
「…」
「のど渇いてないか?腹は?薬飲まなくてもいいのか?」
「…黛さん意外に世話やき?」
ふわふわとした口調で、彼女はベッドから下りてローテーブルの前にぺたんと座った。
熱がある所為か、自分の部屋に居るからなのか、彼女はいつもより無防備だ。
「…たまたまだ」
「ふぅん」
ポカリを飲んだ後に、おかゆに気づいて、少し彼女は笑った。
「せめて、お皿に移してくれてもいいのに」
「いいだろ、皿を洗わなくてもいいから、節約になる」
「おばちゃんだねぇ」
「…」
「いたい」
次々と失礼なことを言う彼女の口をつまんでみる。
「べたべたする。泣いたうえに、汗かいてるな」
「…でりかしー!」
彼女は顔を真っ赤にして、俺を睨みつけた。
クローゼットからいくつか着替えを出したかと思うと、部屋から出て行った。
「風呂?」
「風呂!」
「やっぱり、ヒロインと付き合うのか」
「そりゃ、付き合わないと。この過程何だったんだ!ってなるよ」
もぐもぐ、と温めなおしたおかゆを食べながら、
俺が読み終えたばかりの少女漫画について談義する。
八割がた乾かした髪からはふんわりとシャンプーの香りがする。
「…名前…」
「ん…ん?」
最後の一口を入れたばかりの彼女は頬をもごもごとさせて、俺を見上げる。
「…いや、あ…他の漫画を読んでもいいか?」
「うん、お好きにどうぞ?」
改めて聞かなくてもいいのに、と彼女は小さく笑う。
俺はよくテレビで紹介されている王道の少女漫画を手にとってみる。
彼女が持っている漫画は王道からオタク系のものまで、さまざまだ。
漫画を読みながら、少し考える。
火神兄と区別するためだが、名前を呼び捨てというのは慣れ慣れし過ぎるだろうか。
というか、彼女は俺にこないだまで敬語だったくせに、今はタメだ。
…体調を崩しているから、気が緩んでいるのだろうか。
「…邪魔したな」
「いや、こっちこそ…本当ありがとうございました」
玄関でスニーカーを履きながら、首を横に振る。
「別に、大したことはしてないし」
「おかゆ作ってもらったって」
「いや、レトルト温めだけ…勝手に使って悪かったな」
「あれ、どうせ体調崩した時用なんで大丈夫っす」
「そうか、…じゃあ、妹さんお大事にな」
「うっす」
***
気になっていた漫画ほぼ読めた。
しかも、ただだ。
何か得した日な気がする。
早く体調よくなるといいな。
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