アルバイト


 *一方的な親近観*

「ね、黛さんって下の名前なんて言うの?」
「…聞いてどうする」
「教えてくれないと、毎回まゆゆ(ハート付き)で呼んであげる」
「…千尋」
「わあ、それっぽい」
「どういう意味だ」
「何か、こう、…幻想的な感じ?」
「…」
「今ちょっと嬉しいって思ったでしょ」

引いた目をする俺を面白そうに見上げて、肘で突いてくる。
非常にうっとうしい。

彼女を看病を成り行きでやったことをきっかけに、俺と彼女は隣人以上友達未満のような関係を
築いていた。
気づいたら、俺は彼女の部屋に入り浸って一緒にアニメを見たり、漫画やラノベの貸し借りをしていた。
彼女は想像より結構なオタクだったので、一々説明するのが省けて、結構何でもスムーズに共有できることに
正直驚いた。それに、少女漫画を読めるところが大きい。
気になっていても、お金を払ってまで読みたいと思わないし、何より買いにくい。

「ね、ちひろさんはいつから学校始まるの?」
「四日くらい…」
「へえ、私より早いね。バイトとかしてる?」
「…!」

ナチュラルに名前を呼んできた彼女に冷たい目線をくれてやろうとしたとき、
次の言葉に気をひかれて、すぐそんなことを忘れてしまった。

「…もしかして、ニート…?」
「違う。俺はニート要素なんてない。働く意志はある」
「ね、してなかったら、私と一緒にしない?」
「…」
「え、なに、その顔!私だってバイトぐらい出来るんだから!」

頬を膨らまして俺を睨みつけてくる彼女に、俺は表情を変えずに頷いた。

「はいはい」
「もう面倒だからって、すぐ流さないで。
ということで、外に出ましょう?お昼食べに行きましょう?」
「は、引き篭もりのお前が…あ、ちょ、腕引っ張るな」

彼女は何故かご機嫌に、俺の腕を無理矢理掴んで、玄関へと連れ出す。
身長差が非常にあるため、引っ張られると、すごく歩きにくい。

彼女は俺の苦情なんて聞かずに、さっきの俺のように
はいはい、と流してくる。

「マネするな」
「はいはい」
「うっとうしい」
「はいはい」
「うざい」
「知ってる」
「ちっ」

***

彼女は俺たちが住んでいるマンションのすぐ近くの喫茶店へ俺を引っ張ってきた。
チェーン店ではなく、個人経営のようだ。
定休日という看板が、扉のノブに掛かっているにも関わらず、彼女はそのまま
遠慮もなく中へ入っていく。
俺の制止の言葉も聞かないで。

「おい」
「こんにちはー」

彼女にしては、珍しくにこやかに挨拶をしている。

「いっらしゃい、名前」
「叔父さーん」

俺から手を離すと、カウンター席に座っていた青年(?)に、両手を広げて
抱きついた。

…珍しく幼女っぽい行動だ。

おじさんと呼ばれた男は、柔らかく笑いながら、彼女の頭を一通り撫でた後、
俺に笑いかける。

「君が黛くんだね?
いっらしゃい。先日は名前が世話になったみたいで、ありがとう」
「え、いや、大したことはしてない…です」

俺のことを知っている…?
彼女が何か言ったのだろうか。
おじさんの腕の中にいる彼女に探るような目線を向けても、彼女は何も反応しなかった。

無視しやがって…。

「さあ、お昼にしよう。何がいいかな?」
「オムライス二人前お願いします!」
「…」
「それは名前が食べたいものだろう?黛くんはオムライスでも平気かい?」
「…別に、俺は何でも」
「そっか。じゃあ、適当に席についてて」

俺のそっけない返事も気にせずに、おじさんはこれまた爽やかに笑って、
カウンターの中へと消えていく。

「ちひろさん、ここ座ろ」
「…」

戸惑う俺を無視しているのか、マイペースなのか、どっちだ。
勝手に窓側の席についた彼女は店内をぐるりと、首を使って見回した後に
俺に向かって笑う。

「雰囲気のいいお店でしょう?
お父さんの弟さんがやってるお店なんだよ」
「…ふぅん」
「たいがと私の保護者代わりでもあるんだ」
「ああ」

座んないの?という彼女の目の問いかけに、応えるように俺は彼女の前に座った。

未成年の高校生の兄妹が二人暮らしなんて、そう簡単にできないよな。
保護者代わりが身近に居ないと。
親のサインが居る書類何か結構あるし…。

なんて、火神家の事情に一人で納得していると、いい匂いがしてきた。

「わあ、はやい」
「だいたい名前が来る時間は分かってたからね」
「…美味そう」
「そう、じゃなくて、美味しいの」

テーブルに置かれたオムライスに向かって感想を言うと、
彼女は唇を尖らせる。

「…あの、名前さんがここでバイトしてるって本当ですか?」
「本当だよ、なんてこと聞くの!失礼な!」

ちょっとした反撃だ。
バーカ。

俺が目元を細めてやると、彼女は口をへの字にして睨み返してきた。

「うん、本当だよ。
週一だけどね…あ、でも忙しいときは夜のお店も手伝ってもらってるんだ」
「夜のお店?」
「うん。あ、冷めちゃうといけないから、食べながら話そうか」

あ、よく見るとオムライスが三つある。
この人も一緒に食べる気か。

叔父さんは彼女の横に座って、いただきますと、手を合わせた。
彼女も自然な動作で手を合わせていた。

俺はつられるように、手を合わせて、小さな声でいただきますと言った。

一人暮らしの所為か、久々に言った気がする。

「朝から夕方までは喫茶店で、夜は居酒屋なんだ。
まあ、居酒屋って言っても、静かな感じなんだけどね」
「え、一人できりもりしてるんですか?」
「ううん、このお店は元々友達と経営してるんだ。
喫茶店が俺で、居酒屋は友達」
「…そうなんですか」
「ホールでも、キッチンでもいいんだけど、…黛くん、バイトしてみない?」
「えっ」
「ちなみに、私は喫茶店だと、ホールで、居酒屋だと、キッチンだよ」
「ほとんど、喫茶店の方しか名前は入らないけど」
「だって、夜遅いと、次の日起きれないもん」

ぱくぱく、と俺たちの会話を聞きながら、かなりの早さで食べていく彼女に
驚きつつ、俺は頭を悩ませる。

率直言うと、バイトは探さないといけないと思っていた。

今俺が住んでいるマンションは元々伯父が使っていたものだ。
俺がこっちに進学して上京すると言ったら、丁度別のマンションに越したいから、
良かったら住まないかと言われて、そのまま住んでいる。
伯父は気が早い人で、あのマンションは購入済みなので、家賃の心配はない。

そりゃあ、いくつか親の脛をかじっているところはあるけれど、
日常で使うお金くらい自分で稼ぎたい。
やっぱり、働く経験をしないと不安だし…。

…キッチンなら、やってもいいかもしれない。
ホールは嫌だ。人と接するの嫌だ。接客嫌だ。
コミュ障で結構。

「…き、キッチンなら…あ、でも、俺そんなに料理の経験とか、ないですけど…」
「本当かい?嬉しいなぁ…あ、他にいいところ見つけたら、そっち行ってもいいからね?
名前の叔父だとか、紹介されたとか、そういうの気にしなくていいから」
「は、はい」

にこ、と気前よく笑う叔父さんに俺は少し眩暈がした。
こんな爽やかで良い人が三次元に居るとは…驚きだ。

そして、そんな会話の間に完食している彼女はまたまたマイペースに、
キッチンへデザートを探しに行っていたのであった。


「伯父さん、ちひろさん、プリンとヨーグルトどっちがいーい?」
「…あの、結構見かけによらずマイペースですよね」
「…あはは。あーいう所、本当に双子と言い、親子と言い、兄さんにそっくりだよ」

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