気がかり・後編


「つまり、お前は女の子扱いされたいってことか」

自分で食べた分は自分で払う払うとうるさい名前を
無視して、俺は先に歩き出す。

「…え、…ええ?」
「違うのか?」
「…似たようなものだとは思うけど。
同性同士の、その、同じ線に立ちたいというか…」

彼女は手に千円を持ったまま首を傾げるので、
その手の甲を突いて、しまえと言う。
ものすごい顔をして彼女は首を横に振るが、しばし視線の攻防をした後に、
俺の勝ちだったらしい。

彼女は素直に財布にお金をしまう。

俺はそれを確認してから、また歩き出した。

「なんかさ、…名前ちゃんは子どもだからまだ早いよ〜って同い年の女の子がはぐらかすの。
 お父さんとお母さんが子どもには聞かせたくない会話隠すみたいな…それが何か最近めっちゃやなの」

後ろからたどたどしく、探るように、でも一生懸命伝えようとする彼女の言葉に、
俺はやっと合点があった。

「ちひろさんで言うと…う〜ん、…年上の彼女に子ども扱いされたら、なんかやでしょ?
 恋人なんだからもっと頼れよ!みたいな!」

何も言わずに歩き続ける俺の反応に、まだ俺が分かってないと思っているのか、彼女は回り込んで、
俺を見上げる。
これなら分かるでしょ!とでも言うように、彼女は期待した目で俺を見つめる。

生憎だが、俺に年上の彼女は居たことないから正直分からないが、
何となく想像はつくので、彼女の言いたいことは分からないでもない。

まあ、同世代から仲間はずれにされる疎外感は思っているよりも、心にずしり、とくる問題なんだろう。
特に教室という一つの社会をもつ、高校生なんかは特に。

半年前までは自分も高校生だったと言うのに、何だか随分前の事に感じる自分に驚いてしまう。

「うん、分かる」
「ね!やでしょ!…まあ、言ったところで解決する問題じゃないんだけどさ」

彼女はその容姿にとても似合う、拗ねた顔をした。
トトロを見たと言って、嘘じゃないもんと言うメイみたいだ。
ああ、久しぶりにジブリ見たいな。

全く見当違いなことを考えていると、彼女は俺の腕に引っ付いて来た。

「どうした」
「べっつにー、私がこうしても周りには、ただの兄にべったりな妹にしか見えないだろうなぁって思ってさ。
 ちひろさんもでしょ」
「主語」
「ちひろさんも私が密着しても、ドキドキしないでしょって」
「…」

ドキドキするしない以前に、歩きにくい。
火神兄ほどではないと言え、俺と彼女もそれなりに身長差がある。
やろうと思えば、たぶん俺はこのまま彼女を腕を持ち上げるだけで、彼女も持ち上げることが出来ると思う。たぶん。おそろく。
やっぱり、自信ない。両腕じゃないと無理そう。

ああ、どうしよう。
彼女のことが心配で今日ドライブに誘ったのに、彼女の悩みを理解はできても、寄り添ってやれるほど、
俺の関心を惹かない。だから、たぶん、俺はさっきから見当違いなことばかりに、思考を引っ張られてしまう。

ただ、彼女にドキドキするかしないか、に関するなら、たぶん、俺は…。
俺さっきからたぶん、ばっかりだな。

「ちひろさん、聞いてる?」

何の反応もしない痺れを切らした彼女は腕を引っ張ったり、揺らしたりしてきた。
おい、大人っぽくなりたいなら、そういう事は控えた方がいいぞ。


「よし、行くこと決まったぞ」
「え、決まってなかったの」

***

「…」
「……な、何か言って欲しいんですけど」

遠慮なく彼女を眺める俺に、彼女は恥ずかしさが限界だったのか、俺のふくらはぎを軽く蹴った。
足ぐせ何気に悪いんだよな。こないだも、足で扉開けてたぞ、コイツ。

俺の目の前に居る彼女は水着姿である。

俺たちが来た場所は、結構有名な健康ランド。
水着で入れる温泉があるところだ。

時期が時期だし、温泉じゃないと寒い。

俺と彼女は水着をレンタルして、互いの更衣室から出たところで、待ち合わせしていた。

まあ、単純に俺が彼女を異性として見れるか試すなら、脱いでもらう方が早いと思ったのだ。
彼女は見ての通り小柄だし、季節の所為か露出も少なく、いつもモコモコとした格好をしているので、
あまり異性という感じがしない。

基本彼女はモモンガみたいな上に、スキニーだ。

「体調は大丈夫そうか。寒くないか」
「え、うん、意外に温かいから、むしろ暑いくらい…じゃなくて!」

ぺし、と乾いた音が軽く響く。
蹴りの次は腕を叩かれた。この野郎。

「あー…大胆だな、とは思った」
「うっ…へ、へん?やばい?」

珍しく俺の視線が彼女と近い。
立っている彼女に対して、俺が座っている所為なのだが。

彼女がどんな水着を着てくるか、……男の性なのか、楽しみにしていたわけだが。
ビキニは眼中になかった。予想になかった。びっくりした。

しかも、白だ。お前どうした。清純が売りのアイドルかよ。

「…ねえ、ちひろさんってば」
「…あー、うん、…えっと」

口ごもる俺に、彼女は次第にしょんぼりし始めて、弱弱しく俺の名前を呼ぶ。
ああ、もう、…。やっぱり、脱がすのだめだな。


「…ちょい、来て」
「…」

萎んでしまった花のように、項垂れる彼女の手を引いて、より目の前に来てもらって、
内緒話するみたいに、彼女の耳元に口を近づけようとしたら、彼女の方から俺の首に腕を回して抱き着いて来た。

おい、こら、やめろ。ここ更衣室出入り口だぞ。

「おい、名前」
「…だって、見られるの恥ずかしくてッ」

…確かに抱き着かれたら、見えねぇよ。でも、その代わりに、感触があるんだよ。
彼女が意識されないと思っている=俺も彼女に男として意識されていない、と言うことに気付いて、
なんだか、そのことに、ムカッとする。
ちょっと、なんか、それは気に入らない。

俺は思っていたよりもあったくびれを無遠慮に掴むと、彼女の身体がぴくりと動く。
俺の胸元に感じる、彼女の肌の柔らかさが中々くるものがあって、ああ、やばいと眉を顰める。

顔を何とか動かして、彼女の耳元を探る。

「やだ、ちひろさん髪の毛くすぐったい」
「うるさい」

彼女の耳元に口を近づけると、彼女の身体が余計に揺れるので、
左手で彼女の腰を固定して、右手で彼女の髪をかき分けて、白い耳をさらしてやった。

生え際は一層深い赤色をしていて、黒のようにも見える気がした。

「…名前」
「も、離して、くすぐったいってば」
「すっげぇ、かわいい」
「…えっ」
「たちそう」

そう言った瞬間に、俺は目の前が真っ暗というか、チカチカして、一瞬何が起こったか分からなかった。
襲った衝撃が落ち着くまで、額をおさえて、耐えた。

「…名前」

低い声で呼ぶと、彼女も額をおさえて涙目になりながら、真っ赤な顔で俺を睨みつけた。

「へんたい、すけべ、えっち、ありえない」
「お前が異性として見られたいって言ったんだろ」

だからって、だからって!あんなやり方ある!?あんな言い方やる?!
へんたい!へんたい!へんたい!

一通り叫び終えると、彼女は息を整えながら、じりじりと俺と距離をとるかと思えば、
俺の隣にすとん、と座った。

「お前警戒心無さ過ぎじゃないか?またさっきみたいなこと、やられるかもよ」
「……じゃなかった」
「はぁ?」
「い、やじゃ、なかった……びっくりしたけど、…私もドキドキしたの。千尋さんの、…身体とか、声」
「はッ!?」

今度は俺が叫ぶ番だった。
さっきの彼女のように、罵倒することはなかったけど、バカかお前はくらい言いそうになりながら、
熱くなりかける頬に気付かないフリをした。

「…ドキドキし過ぎじゃないか、顔真っ赤だぞ」
「…うん、なんか、ドキドキしてるのも、あるんだけど、
 …ねえ、なんか本当に暑くない?暖房効き過ぎな気がする」
「そうか?俺はべつ…」

慌てて彼女に視線を戻すと、本当に顔を真っ赤にして、しかも未だに息が整っていない。
…嫌な予感がする。

「おい、触るぞ」
「…」

額に手で触れると、いつだったか俺の部屋の前で倒れていたときのような、覚えのある熱さだった。
俺は眉を顰めて、彼女を見下ろすと、彼女は気まずそうに眼をそらした。

「お前本当は気づいてたんじゃないか」
「……もしかして、とは思ってた…けど、ここまで、急に悪化するって思わなくて」

それに、こんなところに連れてこられるとも思ってもみなかったし…と彼女は言いづらそうに、続けた。
俺は内心舌打ちをして、立って彼女の腕を引っ張る。

「おい、まだ一人で動けそうか」
「うん?大丈夫だけど」
「じゃあ、着替えてこい。帰るぞ」

立たせようと腕を引っ張っても、彼女はやだやだを首を横に振った。
泣きそうな顔をして、立とうとしない彼女に俺は沸いてくる感情を抑えて、なるべく諭すように
話しかける。

「どうせ体調が悪いなら、ここにてもしんどいだけだろ。楽しくないぞ、互いに」
「…」
「違うか?名前」
「…そうだけど……、また私の所為で、お出かけダメになっちゃうの…?」
「は?初めてだろ?」
「…ちがう、いつもなの、私お出かけして途中で具合悪くして、みんなに迷惑かちゃう」

ぐずぐずと泣き始めた彼女の言葉に、俺はやっと彼女の本当の悩みが見えた気がする。
同年代がしてきた、普通の行動範囲は彼女にとっては普通のではないのだ、きっと。

家族と、友達と、行く色んな場所に、彼女は行けないのだ。
行けても、最後まで楽しみ通すことができないのだ。
いつも途中で具合を悪くして、楽しい雰囲気を彼女は壊してしまう、みんなに心配をかけてしまう、
水を差してしまう、そんな自分が嫌なのだ。

身体の弱さでも、見た目の幼さでも、みんなから年相応に扱われないことによって、周りの同年代から一歩線を引かれてしまうことが、
彼女にとって、とっても疎外感を感じることで、寂しいのだ。

寂しがり屋の彼女なら、なおさら辛いのだろう。
そんな自分が嫌なのだろう。そして、そんな自分を変えれない現実もまた彼女を苦しめている一因なんだろう。

「名前、約束するか」
「…?」
「俺とまたここに来よう。次は体調も万全にして、ちゃんと最後まで楽しもう。
 温泉全種類制覇して、イベントの時間もチェックして、風呂上りには牛乳だって、奢ってやる。
 だから、今日は帰ろう、な名前?」

しゃがんで、屈んで、ちゃんと彼女の視線に合わせる。
彼女は涙いっぱいの目で、俺をきょとん、と少し見下ろして、ほんとうに、とゆっくりと
確かめるように、口を動かす。

俺はそれに、応えるように、頷いて、彼女の熱い手をとって、小指を絡ませた、

「破ったら、針千本飲んでやる」
「やだ、私傷害事件で訴えられちゃう」

やっと、彼女はおどけたようにそう言って、笑ってくれた。


「ね、千尋さん」
「なに」
「ちなみにね、私コーヒー牛乳派だからね」
「お子ちゃまだな」
「私でたつって言ったくせに!ロリコン!」
「…お前悲しくないのか」
「う、うるさいッ」

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