中学生の黒尾くんの恋愛事情


初めて’お付き合い’というものをしたのは新しい生活にもすっかり慣れた中学二年生のときだった。
相手は女子バレー部の先輩で、いつもハキハキしている先輩がもじもじして、頬を赤くして、
告白してきた。

その姿を見て、可愛いと思った。
いわゆる、女の子の可愛らしさがこんなもの、なんだろうなと。

可愛いとは思っても、それ以上の気持ちが沸かずに、付き合う気にはなれなかった。
付き合うって具体的に何をすればいいか、分からなかったし。

それでも、その先輩はお試しでいいから、負担になることもしない、と食い下がるので、
俺は先輩の勢いに負けて、縦に首を振ってしまった。

最初は特定の女の子とするメールは新鮮だと思ったが、続ければ話題も少なくなる。
先輩からしたら、このメールのやりとりを日常の一部にしたかったのかもしれないが、
新鮮さもなくなれば、そのやり取りはだんだん面倒なものになっていた。

デートがしたい、夜に電話がしたい、一緒に帰りたい、エトセトラ。
可愛らしく言えば、そのワガママは全て許されると思っているのだろうか。
部活から帰ってヘトヘトになって、飯を食って、風呂に入って、ひと段落ついて、
宿題に取り掛かろうとしたときに鳴るケータイ。

ケータイの着信音を聞くだけで、イライラする。

部活の連絡かもしれない、と自分に言い聞かせ、ケータイを開いて、
新着メールの内容を確認すると、最近見慣れた名前が一つ。

鎮圧しかけたイライラが復活するのが分かる。


「鉄くん、どうして昨日返事くれなかったの…?」
「…あー、すみません。昨日寝落ちしちゃって」

こっそりと俺が一人のときに、話しかけてきた先輩…恋人は、見るからにしょんぼりとした顔で
俺を見上げて来た。
なんとか、口角を上げて笑いかければ、先輩はほっとした顔つきになった。

「そっか。良かった…鉄くんに嫌われたかと思ったの」

鉄くん。
先輩は付き合った日から俺をそう呼ぶ。

最初はくすぐったいと思っていたのに、何故か最近は馴れ馴れしいとイライラする。
べつに、そう呼ばれることは気にしないのだが、
その呼ぶときの声色に含まれる甘さに胸やけでも起こしてしまっているのだろうか。


「…」

俺はこの先輩のことを好きでも嫌いでもなかった。
でも、先輩が俺を想ってくれるほどの気持ちは、俺は先輩に返せない。
そのことに気付いたときに、急に先輩に向けられた好意が、気持ちが、ずしりと俺の中に
重りみたいに圧し掛かった。

もうそれからはあれよあれよ、終わりに向かっていた。
面と向かって、別れてほしいと言えば、泣かれ、メールで言えば最後に会いたいと言われ、
会って言っても結局泣かれ…、軽々しく付き合うんじゃなかった。

付き合うことは始まりが簡単であったとしても、人との一つの縁を切るのだ、終わりは中々簡単ではない。
特にどちらかの想いが偏ってる場合は本当に簡単ではない。

「鉄くんは冷たいよ」

最後にそんな一言を言われた。
恋人なら連絡するのも、したくなるのも、会いたくなるのも、全部普通で、許されるもの。
なんで、私と同じ風に私を求めてくれないの、とでも言われているようだった。

まあ、そんなこんなで、俺は恋愛やお付き合いというものに、年頃の興味や好奇心より、
面倒なものというイメージがついてしまい、他人の恋愛話に茶々入れすることはあっても、
自分の恋愛に積極的に取り組むことはなくなってしまった。

なにより、バレーに集中できるという独り身の環境がいかに快適かも知ってしまったのだ。



「なぁ研磨、俺って冷たい?」
「急になに?」
「いやぁ、何となく」
「…クロはむしろ熱い感じじゃない?特にバレーに対しては」

何でもないことのように、応える研磨に俺は少し救われた気持ちになった。
…何だかんだ言って、初めてのお付き合いだった所為か、結構感傷的になっているのかもしれない。

「ん、まあ、バレーは別だし」
「ああ、女バレの先輩のこと?」
「…お前知ってたの」
「知っているって言うか、結構噂になってるよ。付き合っても、素っ気ないみたいな」
「……」

多分、先輩が友達に話してることが、どこからか漏れてるんだろうね、と研磨はゲームに視線を落としたまま続ける。
ピコピコという電子音がやけに、耳についた。

「その先輩に冷たいって言われたんだ」
「…」

沈黙は肯定。
研磨は何でもないように、どうでもいいように、でも珍しくいつもより言葉を多く重ねてくれた。

「俺は経験したことないから、そういうこと分かんないけどさ、
 …クロは冷たくないと思うし、ちゃんとそんなクロでも好きになってくれる人居ると思うよ」
「…研磨」
「たぶん」
「たぶんって…」

付け足された言葉に俺が不満の声を出しても、研磨は特に気にしない。

「まあ、そんなに気にすることじゃないよ。だから、そこまで凹む必要もないんじゃない?」

それを最後に研磨は口を閉じて、ゲームに集中し始めた。
必要以上に話さない幼馴染なり、励ましの言葉。

「…アップルパイ奢ってやろうか」
「ほんとう?」
「おう」

***


次の日に提出の宿題に使うノートを教室に忘れて、面倒だと思いながらも、
教室に引き返すと、きゃっきゃと独特の高い声が聞こえて、足が止まる。

「ね、名前好きな人って、黒尾ってホント?」

なにこの、ドンピシャ。
面白そうな声と、焦った声が聞こえて来て、眉を顰める。

名前って誰だっけ…、ぱっと思いつかない。
確か、名字さんだ。

特に仲がいいわけでもない、でも何の縁があるのか、中学三年間クラスが同じだった。
他人の好意が嫌なわけではない。

でも、自分に関する恋愛となると、去年の苦い思い出が蘇るので、
何となく、自分に好意を持っている女の子に近づかれると、それとなく避けてしまうのだ。

しかも、同じクラスかよ。明日からどんな顔すればいいんだよ。
と、そんな風に思っている俺の事情を知らない教室の中の彼女たちは人のことを好き勝手に言っていく。

「中2のときの体育で、バレーやってるの見てカッコイイと思ったから。連絡先は知りません。
バレーに一生懸命なところが好きです」

「今は受験が大切です。それに付き合いたいとか、別にないし」

好き勝手に言っていた彼女たちの中で、一番耳に入ってくる、名字さんの言葉。
自然と顰めていた眉が解れた代わりに、首のあたりが熱くなって、誰も見ていないのに、
口を覆う。

まだ彼女たちは好き勝手に話を進めているのに、その話はもう俺の耳に入ってこない。

「…クロはむしろ熱い感じじゃない?特にバレーに対しては」
「クロは冷たくないと思うし、ちゃんとそんなクロでも好きになってくれる人居ると思うよ」

いつしか研磨に言われた言葉を思い出して、

「バレーに一生懸命なところが好きです」

聞いたばかりの彼女の言葉と、研磨の言葉が俺の頭の中で、繋がった気がした。

***

「黒尾お前宿題どうした」
「忘れました」

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