もう一人の兄
俺と彼女が初めて出会った場所はタイガといつも遊んでいる公園のコートだった。
休日は時間が許される限りバスケしていた。
学校がある日よりもたくさんできるので、休日は放課後の次に好きだった。
そんなある日、いつものように朝食を終えてボールと水筒を持って、コートに向かっていると一人の女の子が目にとまった。
真っ白なワンピースに、水色の日傘をさしている女の子。
ワンピースからのびる足は細く、真っ白なワンピースに負けないくらい白かった。
何かを探して頭を動かしているのか、日傘が右へ左へと動く。
「どうしたの?何か探しもの?」
僕は躊躇わずに話しかけた。
日傘から覗く髪の色が大事な弟の色にまったく一緒だったからだ。
もしかして…という気持ちは、女の子が振り返った瞬間確信へ変わった。
彼女は目を大きく見開き、小さく声を上げた。
同時に肩を跳ねさせた。
赤い瞳に警戒の色が映っているのが分かった。
「あ、ごめん。驚かせちゃったかな。」
「…。」
彼女は口を動かそうとしながら、僕のことを遠慮がちに見つめる。
僕は首を傾げて話すのを待っていると、話すことを諦めたのか彼女は小さく首を横に振った。
「あ、探し物じゃないんだ。…じゃあ誰か探してるの?」
再び質問すると、彼女はまた首を横に振った。
「ち、ちがっ…」
彼女の口から出た否定の言葉は日本語だった。
何故か、彼女はそのことを焦るように、口を閉じてしまった。
そして、彼女は眉を顰めて泣きそうな顔になった。
日傘の柄を持つ小さな手はかなり力が込められているみたいだ。
真っ白な手は血管が浮き出て、彼女をとても弱弱しく見せていた。
僕はあることに気付いて、泣きそうな彼女に優しく微笑む。
「僕日本人だから日本語でも大丈夫だよ?」
日本語でそう言うと、彼女は何回か目を瞬かせてから口を開く。
「…たい…お兄ちゃんを探してるんです。」
彼女の声は小さく震えていた。
「お兄ちゃん?」
聞き返すと、彼女はこくんと頷いた。
彼女は緊張でも解すように、目を伏せて息を軽く吐く。
「…ここでいつもバスケをしていて…」
「お兄ちゃんに会いに来たんだ。」
「はい…」
釣り目がちな大きな目が僕を見つめる。
その目はお兄ちゃんのことを知りませんか?と問いかけていた。
僕の持っているバスケットボールに気付いて、知っているかもしれないと思ったんだろう。
「お兄ちゃん…もしかして、タイガのことかな?」
少しだけ考える素振りをして、そう言ってみる。
彼女は大きくうなずいた。
「じゃあ、君は名前ちゃんかな?」
「えっ…」
彼女は驚いた顔をした。
その顔はタイガにそっくりだと思った。
確かタイガは双子だと言っていたのを思い出す、でも彼女は見るからにタイガと同い年には見えなかった。
タイガは決して大きいと言える背丈ではないけれど、彼女は同い年の小柄の子と比べものにならないくらい
背丈が小さかった。
それに、不安に揺れる瞳が彼女をより幼く見せていた。
「タイガから聞いたことがあるんだ。
双子の妹が居るってね。」
「…そ、そうなんですか。…はい、私が名前です。」
さっきから聞いてて思ったことがある。
それは彼女の使っている敬語についてだ。
子ども同士だから敬語を使う必要はないのに…、タイガとそこら辺は似ていないのかな。
タイガ結構遠慮なくものを言うし、人と話すことにここまで警戒心を抱かない。
彼女の敬語は僕が目上の相手かもしれないというより、距離を置くために使う敬語という感じがした。
「そっか。やっぱり」
「やっぱり?」
「うん。タイガと同じ髪色をしているからね。もしかしてって思ったんだ。
それにどことなく顔も似てるし。」
聞き返す彼女にそう説明すると、彼女の顔はわずかに和らいだように見えた。
「僕は辰也。氷室辰也って言うんだ。」
「…た、たつや…さん。」
「呼び捨てでいいよ。」
「…。」
彼女は僕の名前を呟くと、何故か顔色が青くなった。
「どうしたの?顔色悪いみたいだけど…具合でも悪い?」
「…。」
彼女は青い顔のまま首を横に振った。
彼女の顔を覗き込もうとすると、彼女はそれを拒絶するように顔を俯かせた。
日傘は彼女を隠すように下に傾いた。
彼女は傘の影に隠れるように、しゃがみ込んでしまった。
「名前ちゃん?名前ちゃん?だいじょうぶ?」
「…。」
僕もしゃがみ込んで彼女の肩を軽く揺らしてみる。
すんすん、小さく鼻を擦る音が耳に入った。
「…なさい。」
「え?」
やっと聞こえた声はひどく小さくて聞き取れない。
聞き返そうとしたとき、彼女の身体がいきなり僕の方へと倒れこんだ。
トサ、軽い音がして日傘がコンクリートの上に転がる。
日傘によって遮断されていた太陽の光が彼女へと降り注ぐ。
「名前ちゃん?だいじょうぶかい?名前ちゃん?」
「・・・」
彼女の細い肩を掴んで、彼女起こし支える。
小さな女の子だとしても軽すぎる、と思った。
日の下で見る彼女の顔色は白を通り越して青白かった。
目も口も閉じられて、頬には涙の筋の後が出来ていた。
「え、名前ちゃんっ!?」
誰かが倒れるなんて経験したことなかった僕はそのとき、とても焦っていたのを今でも覚えている。
結局、そのあとタイガが登場して彼女をおぶって家まで運んだ。
俺と彼女の出会いは何とも言えない自己紹介の途中みたいな出会いだった。
*
「辰也お兄ちゃん…って呼びにくい。」
「タツヤでいいだろ。」
「年上に呼び捨て良くない。」
しとしと、と雨が降る中俺はタイガの家に遊びに来ていた。
彼女は紅茶をこぽこぽ注ぎながら、唇を尖らせる。
「タツヤは何て呼ばれたいんだ?」
「え、僕?ふふ、別に何でもいいよ?」
「…えー…辰也お兄ちゃんそれじゃあ答えになってない。」
どうぞ。と差し出された紅茶。
良い香りが鼻を擽る。
彼女は紅茶を淹れるのが上手だ。
カップに口をつけて飲もうとしたそのとき、彼女が呟いた。
「たつにぃ」
「ぶっは!」
「たたタツヤ!?」
「辰也お兄ちゃん!?」
いきなり紅茶を噴出した俺にタイガと彼女は駆け寄る。
心配そうな顔で見つめる二人に大丈夫だよと微笑む。
が、咳が止まらない。
「っほっこほ…!」
「た、タツヤ大丈夫かっ!」
「ちょ、たいがは近づくな!」
「なんでだよ!」
「たいがはバシバシ叩くじゃんか!」
彼女は俺の背中を叩こうとした…いや、摩ろうしたタイガの手を払い、代わりに彼女の小さな手が俺の背中を摩る。
「辰也お兄ちゃんだいじょうぶ?」
うるうると潤んだ目が俺を見上げる。
「ごめんね…たつにぃなんて私が言うから…気持ち悪かったよね。」
しゅん、と眉を下げる彼女。
「…っほ、大丈夫だよ。違うよ、名前
ちょっと驚いただけさ。」
「…ほんと?」
「うん。」
にっこり微笑んで見せると、彼女も微笑んだ。
「じゃあ、たつにぃって呼んでもいいの?」
「あ、ああ…いいよ。」
「タツヤ?どうした?肩震えてるぞ?」
「な、何でもないよ、タイガ。」
拗ねた顔をしていたタイガは不思議そうに尋ねてきた。
俺は首を横に振って、何とか冷静を保とうした。
(たつにぃ…か。)
心の中で自分で呟いてみる。
何故かそう彼女に呼ばれると、彼女をハグしたい衝動に襲われた。
「わあああ!た、たつにぃなに?!」
「たたたタツヤ!?」
ぐしゃぐしゃと二人の髪を撫で回す。
二人ともいきなりのことに驚いて声を上げたけど、見上げる顔は楽しそうな笑顔だった。
両手に違う髪の感触を味わいながら、俺は守るものが増えたと実感したんだ。
* * *
「…あなた。」
「今いいところなんだ。後にしてくれ。」
「名前と大我ならまだいいけど、…辰也くんはよそのうちの子!」
「ま、待ってくれ!三人の天使のじゃれあいを撮らせてくれ!」
「だめ!だいたい何で隠れて撮るの!」
「名前はカメラ嫌いじゃないか!」
「それはあなたの所為でしょうが!」
「たいがたいが。」
「ああ、ドアに鍵掛けてくる。」
「…ゆ、ユニークなお父さんだね、名前。」
「たつにぃ顔引きつってる。
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