夏と笠松とあほな兄と


止まらない。何が止まらないって涙が止まらない。
痛いほど降り注ぐ紫外線にダメージを受けながら私は泣いていた。

くっそう…たいがのバカでくのぼうあほ…最低、きら…ううん、大好き。
たいがのことは大好きだけど、けど…けど!

昔からそうだ。
たいがは基本私のことを大切にしてくれるけど、バスケが関わってくるとそれは逆転する。

夏休み私は引き籠っていた。
課題をして漫画をたくさん借りたり買い込んだりして私なりの夏休みを満喫していた。
そんなとき、妹の将来を心配したお兄様がいい加減外に出ろと、言って連れだしました。
買い物だけ、というので私も素直に着いて行きました。

その行く途中にある電話がたいがにかかってきた。

「火神くん、今大丈夫ですか?」
「ん?何かあったのか?」
「今降旗くんたち、後黄瀬くん…海常のみなさんも一緒で、ストバスに居るんですが、君もどうですか?」
「なんだ、そのメンバー…」
「たまたま会っ」
「火神っち!久々にワンオンワンしないっスか?」
「あ、黄瀬?」
「そうっすよ!」
「…いいぜ!コテンパンにしてやる」
「ちょ、いきなり好戦的!まあ、いいっすけど!こっちがコテンパンにするッス!」

たいがは楽しそうに会話をしてから電話を切り、ぎゅっと握ってわくわくしたように走りだしました。

「名前!ストバス行こうぜ!」
「え、あ、うん…えっ?」

自慢じゃないが、たいがは運動神経がいい。
だから、走るのも速い、そうとても速いのだ。

たいがのことだからわくわく抑えきれず走り出してしまったのはいいとしよう。
だがな、兄よ…兄がぎゅうっと握ったのは私の手ではなくエコバックなんだよ。

エコバックを握りしめてわくわく走る男子高校生。しかもでかい。
なんだよ、何買いに行くんだよ。日用品の特売日ですか、この野郎。

「仕方ないな…」

見えなくなってしまった背中を追いかけるために、私は暑い暑い住宅街を歩き始めた。



「…気持ち悪」

帽子の中の髪は汗で蒸れて嫌な感じがした。
基本暑い夏もクーラーの効いた部屋でごろごろしてる私にこの炎天下の中歩くというのは苦行以外の何物でもない。

だらだら足を引きずっていると視界が微かに揺れて、足がもつれてしまった。
傾く身体視界…それを支えてくれるものは何もない。
私は重力に従って地面に触れ伏した。…転んだ。

痛い。汗で膝に砂ついた気がする。ああ、ほんと最悪。
くっそう、たいがのばかばか大馬鹿野郎。

外に出したのはお前だろうが。最後まで責任とれ。

起きあがろうと上体上げた途端また視界が揺れる。
あ、熱中症かもしれない。それか貧血。

気持ち悪い、暑いのに暑いはずなのに私の体温はすっと冷たくなっていく気がした。
慣れない不快感、気持ち悪さに視界に涙が滲んで頬に流れる。

あ、もう倒れた方が楽かもしれない。

頭の隅でそう思うけど中々意識が途切れてくれない。
でもここ道路だから止めた方がいい。車来たら危ないし。

ぐっと何か身体に力を入れて立ってみる。
う、あんまり頭上げれない。
口元を押さえながら腰を曲げたまま何とか歩道へ寄る。

「…はあ、あ、携帯…」

あまりの暑さで忘れていた。
簡単に連絡がとれる手段があるじゃないか。こんな身近に…れ、あれ、ない、何故どうして。

「たいがこのワンピースさ、ポケットないの。だからエコバックに入れといて」
「おいおい、携帯は携帯しないと意味ないだろ」
「いいから!」
「ったく、仕方ねーな」

…くっそう。一番のバカは己じゃないか。
しかも今日は面倒だったからノースリーブのワンピにしてしまった。
それが原因で容赦なく全身に紫外線が突き刺さる。

うう、痛い気持ち悪い暑い。
この三拍子絶対そろっちゃいけない。

やばい、頭痛くなってきた。

「…うう、たいが…ふえ…うう」

身体に力が入らず結局座り込んでしまった。
あつ、コンクリートも暑い。
もう全部が熱くて訳わかんなくなりそう。

「…あ、…だ、大丈夫か?」

ふと、影が落ちて戸惑った声が頭上からする。
痛む頭を帽子の上から抑えながら、窺うように顔を上げる。
私の顔を見るとその声の主は目を見開き慌て始めた。

(日向先輩と似たような背格好してる…)

「すっげえ顔色悪いぞ。だいじょ…ぶじゃねえな。熱中症か?」
「…ふ、ふええ」
「あ、頭痛いのか?」

こくこく、と何とか頷く。

「…あー…そうだな」

彼は何か考えるように言うと、ごめんなと断りを入れてから私を抱き上げた。

「?」
「びっくりしたか?ちょっと日陰に入ろうな」
「…」

普段の私なら恥ずかしさでいろいろパニックになりそうだが、生憎そんな気力は残っておらず私は素直に身体を預けて頷いた。


「とりあえず、水分補給した方がいいと思うから」
「で、も」
「いいから、な?」
「あり、がとうございます」

木陰に入ると彼はビニール袋からスポーツドリンクを出した。
私は彼に背を支えられながら有り難く受け取った。
力の入らない手で何とかキャップを開けて口をつける。

冷たい。
ペットボトルの表面から手に冷たさが直接伝わる。
ごくり、と流し込めば胸のあたりに冷たさが広がるように感じた。

ごくごく。ごくごく。

しばらく飲み込む喉の音しか聞こえなかった。
その間彼は私の様子をじっと窺っていた。

ぷはっと口を放すと、ペットボトルの中身は大分減っていた。
ふう、少し息を吐いて身体から力を抜いた。

顔を上げると心配そうな目つきで見ていた彼と目が合う。

「どうだ?頭痛くないか?」
「あ…大丈夫です。飲んだら痛くなくなりました」
「そうか…でももう少し休んだ方がいいな」

彼は自然な手つきで私のおでこに手を当ててそのまま頬に滑らせた。
彼の顔は安心したようだけど心配さを残したまま。

「まだ赤いし」
「…」
「他に体調が悪いところないか?」
「と、とくに…」

真剣に彼は聞いてくれる。じっと見る。とっても目力が強い気がしてならない。
本当か?ってまた彼は私に問いかける。
その間も頬には彼の手があって、手のひらで触れていたと思ったら手の裏で触れていたりしていた。

私は少し目を逸らしたいと思う気持ちを抑えて、彼の黒い瞳を見返してもう一度大丈夫です、と頷いた。

じっと確かめるように彼は私を見つめた後、そうかと言って安心したように頬を緩めた。

「横になったりしなくても…」

どくどくと妙に速かった鼓動がどんどん落ち着いてきて、ゆらゆらと視界が揺れる。
不思議とそれは不快感がなくて、私の意識は逆らわず瞼を閉じていった。

「うん…?おい?」
「…」

すうすう。
急に寄りかかってきた女の子に驚いて顔を覗き込むと、安心したように穏やかな寝息をしていた。

「…だい、じょうぶなのか?」

汗で濡れた前髪をどかして額の汗をタオルでふいてやる。
どうするかな…この子を放っておくこともできないが、頼まれた飲み物も早くもっていかないとぬるくなってしまう。

うーん、と頭を悩ませていると、携帯がポケットの中でヴヴヴと震えた。

「もしもし…」
「笠松〜まだか?黄瀬と早川がきゃんきゃんうるさいんだけど」
「ちょっと!きゃんきゃんって俺たち犬じゃないッスよ!」
「そうっす!」

電話の向こうから騒がしい声がたくさん聞こえて、つい耳から電話を離した。

「火神くん、君本当にお兄さんなんですか?」
「名前だいじょうぶかな。今日暑いけど倒れたりしてない?」
「…だって」
「190の男が唇尖らせても可愛いくありませんよ」

また違う方向からぎゃあぎゃあ声が聞こえる。
名前…?聞きなれない名前に首を傾げる。

「森山」
「うん?」
「名前って誰?」
「あー火神の双子の妹だって」
「双子!?…あいつ双子だったのか」
「うん、で何か途中ではぐれちゃったんだって。小学生くらいの小さな女の子らしい」
「…」

寄りかかっている女の子を改めて見てみる。目に入る赤い髪は火神を連想させなくもなかった。

「あのさ、その火神の妹って髪長い?」
「え、なんで?」
「いや、さっき道端で倒れてる女の子を保護…じゃない、拾ったじゃない、…」
「助けたんだな?」
「おう」
「ちょっと待って、火神に聞いてみる」

しまった。つい、この子が小動物っぽいから表現を間違えた。

「…もしもし?」
「ああ、もしもし」
「髪長いって。あと、その子ノースリブのワンピース着てる?」
「着てる」
「じゃあ、その子だわ。てか、火神の顔うるさいんだけど」
「え?」
「あ、あのっ!名前大丈夫なのか…ですか?!あの、妹身体強い方じゃな、くてっ」

焦った声に何故だか笑みがこぼれる。

「大丈夫だ。さっきまで顔色悪かったけど、水分補給したら顔色も良くなって今は寝てる」
「そう、っすか…え、寝てる?」
「おう。今からそっち行くわ。安心しろ」
「え、俺が迎えに」
「いい。待ってろ」

あの好戦的な火神があわあわしているところを想像すると少し笑える。だが、妹が大事なんだろう。本当に心配していることだろうし、笑うのは不謹慎だ。
笑ってしまったお詫びに早く大事な妹を連れ居ていくから許せよ、火神。

「よいしょ」

火神の妹…曰く、名前…ちゃん、をおんぶして、何本も入っているペットボトルの袋をもって俺は暑い暑い道を歩き始める。

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