初デートの事情
高校に入るまで約一カ月ある春休み。
高校から出る課題を一旦置いておけば、基本やることはない。
中三の夏に部活を引退して、高校に入ってブランクが空くのは嫌だったから、
受験勉強をしながら身体を鍛えていた。
その日課をこなしながら、今を何をしたら高校のバレー部で活かせるかを考える日々が続いている。
朝飯前に走って、シャワーを浴びて、リビングに顔を出せば、既に朝飯はテーブルに用意されていた。
「毎日身体動かしてばっかりね、少しはお友達と遊んだら?」
さきに食べてしまったのか、母ちゃんは食後のコーヒーを飲みながら、息子を呆れた目で見てくる。
スポーツに精を出して何が悪いのか。
引きこもって、家の中でダラダラしているよりはマシだろう。
母にぶつぶつ文句を言うと、一が十になって帰ってくることは知っているので、
大人しくを手を合わせて、ご飯を食べ始めることにする。
「今度クラス会みたいなの、あるし」
「それって、夜ご飯いらない奴?…あ、今お花見やってるって。友達と行ったらどう?
本当なら彼女の一つでも作って、行って欲しいけどねぇ」
背ばっかり伸びで、目つき悪くて、怖いし…と、母ちゃんはテレビを見たまま、つらつらと
息子へ容赦なく文句を言ってくる。
「夜ご飯食べてくる…花見ねぇ…」
彼女と花見デートね、彼女が居たらね、楽しいかもね。
…あ。
焼き魚を箸でほぐしながら、卒業式の日のことを思い出した。
居た。彼女居たよ。
名字さんと連絡先を交換して、付き合った日の夜に、彼女からこれからよろしくです、という
社交辞令みたいな連絡が来てから、もう二週間ぐらい経っている。
その間連絡はとっていない。
***
久々に足を通したジーパンは変な感じがする。
普段はジャージが多いから、私服を着る機会はあまりない。
待ち合わせ場所の公園には誰もいない。
平日の昼間だからだろうか。
小さな子どもたちは幼稚園や保育園の時間?
公園にあるベンチに座ろうとすると、桜の花びらが落ちていた。
この公園も小さいが、桜の木はある。
桜の花びらを手で払って座って桜の木を見上げると、なかなか立派なものだった。
この公園はあくまで待ち合わせ場所に使うつもりだったが、花見をするなら、ここでもいいのでは?と思い始める自分が居た。
わざわざ有名どころに行くと、人込みに揉まれて、ゆっくり桜を堪能する時間もないだろう。
って、さすがにそれはダメか。
初デートで手抜き過ぎか。
ケータイを開いて時間を確認すると、待ち合わせの五分前だった。
そのとき小さな足音が耳に入る。音の方向へ顔を上げると、待ち人が小走りでこちらに向かっていた。
「そんなに急がなくても、大丈夫ダヨ」
「え、あ、うん、でも、黒尾くんの姿見えた、し」
短い距離でも彼女にとっては身体に負担なのか、軽く息切れをしている。
「俺もそんなに早く来てないし」
「それ、ならいいんだけど…あ、桜咲いてるんだね」
彼女は息を整えると、桜の木を感心したように見上げた。
喉を反らせるほどに。
真っ白な喉がやけに目につく。
「結構立派だろ」
「うん、本当に立派だッ」
たださえ反ってるに、彼女がより反って桜を見上げようとしたとき、彼女の身体が後ろへと傾いた。
反射的に彼女の身体を支えれば、俺の腕の中に綺麗に彼女の身体は収まった。
「…だいじょうぶ?」
「あ、ごめん…。だいじょうぶ、デス」
彼女は俺の顔を見上げて、視線をすぐに逸らした。
彼女は俺を見上げるときも、喉を反らしている。
白い、真っ白い、喉元を。
「く、くろお…くん」
「んー?」
「だ、大丈夫だから、離してくれても、いい、デス」
彼女の身体を支えてた手で、彼女の身体をおさえるように、抱きしめた。
ぴくり、と彼女の肩が揺れて、俺の胸板を押した。
そんな彼女の行動に俺はやっと我に返って、彼女の身体から手を離した。
「あ、悪い」
「ううん、私こそ。助けてもらってありがとう…。えっと、お花見するんだよね!
一応弁当とか、作ってきたんだけど…黒尾くんは人の手作りとか、外で食べたりするの、平気?」
彼女は俺から一歩距離をとると、早口になって、一気に捲し立てる。
彼女の手には、女の子のバッグにしては大きめの、たぶんランチボックスと呼ばれるものがあった。
彼女は血色のいい肌をより赤くして、自信なさげに俯いて、腕の中のランチボックスを抱きしめた。
その様子は何だか卒業式の日に、俺に寄せ書きを頼んできたときとそっくりで、
ぴこん、と意地悪を思いついて、悪魔の角を生やすように、俺は生えていない尻尾を揺れるのを感じた。
そう、卒業式の日も、背筋にぞくぞくとこんな風に何か、刺激をが走ったのを覚えている。
「心配なら、作らなきゃいいのに」
あ、言ってしまった。
ではなく、意識をして言ったみたいに、俺は何でもないような顔をして、その言葉を吐いた。
反射的に顔を上げる彼女は予想外なことを言われて、動揺した途端に、ショックを受けた顔をして、
半泣きになる。
意外だな。
恋愛一色に見えない彼女が恋愛に浸っている姿が、意外だと思うのだ。
俺の気付かないところで、俺を好きになってくれた女の子の、名字さん。
きっと話したことは片手で足りて、記憶にも残らない話しかしたことがない。
そんな名字さんが起こす俺へのアクションに、彼女の期待通りに応えるのは何だか違う気がした。
期待通りに応えたら、普通の恋人になってしまう気がするのだ。
俺が最初に経験して、ダメにしてしまった、あの恋愛のように。
名字さん、俺はね、彼女がね一番大事な男じゃないんだよ。
俺はね、とっても意地悪で、相手の期待通りに応えるのがあんまり好きではないんだよ。
そんな俺でも、名字さんは好きでいてくれる?
あとね、そんなね、お弁当なんて用意しなくたって、気合入れなくなって、
気軽に会って、おしゃべりして、そんな仲で居たいって俺は思うんだよ。
恋人だからこうするっていう、決まりゴトみたいなものにね、俺縛られたくないの、期待されたくないの。
互いに楽な感じで行けたらいいなって。
「ちなみに、俺は人の手作りも、外で食べるのも平気。」
まあ、人の手作りは相手との間柄に寄るんですけれども。
後から付け足した言葉に、彼女はぽかん、として、大きく瞬きをして、
なんで、と口の中で小さく呟く。
そう、彼女の期待通りに、手作り弁当嬉しい!という反応をしたくないなーって思う。
でも、何だか彼女の控えめで、控えめなくせに、行動を起こして、こういう反応をして欲しいという姿に、
彼女も何だかかんだ言って結局女の子なんだなーって(恋愛優先なのかなぁって)思ってしまうと同時に、
二週間連絡を寄越さなくても、会わなくても、何も言ってこないところとのギャップは悪くないと思う自分もいる。
俺だって、鉄の心をもつ男ではないですし、普通に女の子好きですし、
好意を持たれれば悪い気はしませんし、お気に入りの女の子から手作り弁当と言われれば、嬉しいと思うわけでして、
結局のところ、俺も浮かれているのだろう。
この付き合い始めの、独特の感覚に。
「じゃあ、行こうか」
「エッ、お花見ここじゃないの?」
彼女のなんで、発言をスルーして、(後でお弁当を食べながらでも話そうと思う)、公園の出口を向かおうとすると、
彼女は若干嫌そうに、眉を顰める。
「花見と言ったら、あそこじゃない?」
言わずもかな、ここに住んでいる人なら花見と言えば、あそこという場所がある。
彼女は気まずそうに、視線をまた逸らした。
「で、でも、…人多くない?私久しぶりに外に出るから、ゆっくりできる、ここがいいな…。
だめで、すかね…」
俺は彼女の発言に目を丸くする。
「名字さんこそ、ここでいいの?」
こんな地味な公園でいいの?確かに桜の木は立派だけれども、その一本以外は大したことない。
静かなところで。
「むしろ、ここがいい」
今日一番の彼女の力強さを感じられた発言であった。
「はぁ……なんか、黒尾くんって意外に考えてるんだね」
誰もいない、静かで日差しが柔らかい、穏やかな公園の空気のためか、
彼女はすっかり気が解れた様子で、俺の話を聞いていた。
俺が最初に彼女を待っていたベンチに二人で座って、彼女の作った弁当をつつく。
彼女のお弁当の内容はサランラップで包まれたおにぎりと、アジのフライ、からあげ、卵やき、
王道から俺の好みに魚寄りものまで。
よく知ってるね、ストーカーしてたの?と言えば、同じクラスに居れば、それくらいの情報を回ってくるよと帰ってきた。
待って、俺の情報出回ってんの?怖いんですけど。ちなみに、さんまは旬ではないという理由で、アジフライにしたらしい。
そして、彼女に俺の恋愛に対してのスタンスを一通り話すと、彼女は呆けた顔をして、そう言ってみせた。
「え、なに、それ…意外って、なにそれ」
「んーだって、別に連絡なかったのもバレーで忙しいのかな、くらいしか思ってなくて。
あ、でも、分かるよ。私もね、連絡なさ過ぎて、黒尾くんのこと忘れてたの。
思い出しても、わざわざ連絡しよって思わなかったし」
会う前は緊張したけどね、と彼女は照れたように笑って、卵焼きを口の中にいれた。
彼女の家の卵焼きは俺の家より、ちょっと味が濃くて、甘めだった。
美味しいけど、他のお家の味ってカンジ。
でも、やっぱりアジのフライは美味しい。とっても。
「私も、あんまり連絡小まめにとるの、得意じゃないの」
「ふぅん、名字さんこそ意外な気がするけど」
「そうかなぁ…別にそんなことで、冷たいとは思わなかったよ」
彼女はおにぎりとのりは別々派なようで、ラップを剥がしたおにぎりに、のりを巻きながら、
何でもないように言った。
のりはバランスよく巻けずに、表の方がのりの面積が多い。
でも、彼女はあんまり気にしていないようで、そののりのバランスの悪いおにぎりに口をつける。
「…」
「…黒尾くん?…まずい?無理に食べなくても、大丈夫だよ?」
黙り込んだ俺を彼女は覗き込んで、心配そうに眉を下げた。
俺はその顔に我に返って、首を横に振った。
「いや、食べれる。普通にうまいし」
「少しでも体調悪くしたら、病院行ってね」
念を押すように言う彼女に、俺は眉を顰める。
「え、そんな危険もの俺食べさせられてんの」
「備えあれば患いなし、だよ」
彼女は素なのか、ノリのなのかイマイチ分からない表情だった。
俺と彼女の初デートは、小さな公園で桜を見ながら、二人で彼女の手作り弁当を食べて、
夕方頃には互いに帰宅するという健全過ぎるデートだった。
でも、ゆっくり彼女と話すことが出来て、俺の中には今までに感じたことのない
満足感があった。
相手の機嫌を気にして、面倒なことを避けるために、相手の欲しい言葉を言っていた頃とは違う。
自分の思っていることを、言いたいことを、正直に相手に言うという事が、
恋人と相手だと、必要なことだと思うのに、中々言えなかった。
また同じような道を辿りたくないと思っているせいか、彼女の人柄がのせいかは分からないけれど、
中々良いスタートダッシュではないだろうか、と思うのだ。
prev もどる next