兄と妹2


「火神くんと名前ちゃんって本当に仲いいわね」

休憩中に言われた言葉に、俺はドリンクを飲むのやめた。
カントクは俺の様子を気にせずに、笑顔で続ける。

「名前ちゃんと居るときの火神くんって、やっぱりお兄ちゃんって感じがして、
 仲いい兄妹って思うのよ」

微笑ましい。
たぶん、カントクはそう言いたいらしい。

確かに俺は名前より、先に生まれたし、実際兄だけど、
一方的に名前が俺に甘えてるって見えるのは、高校の俺しか知らないから、思えるだけで。

ずっと思っているより、名前は子どもでもないし、無垢でもない。
・・・まあ、誰にも言う必要がない事実なんだけど。

でも、いつか、その事実を俺以外に知る奴が出てくるかもしれない。
そのときが来ても、俺と名前の関係は変わらないんだろうか。

***

中学のとき、日本に戻って来た。
アメリカの生活に慣れて来た名前は不満気だったけれど、
やっぱり日本の生活や食事が性に合っている名前は嬉しそうだった。

一つの不満を覗いて。

「…ありえない。叔父さんが居るとはいえ、義務教育中の子どもを置いて、
 アメリカに戻るなんてあり得ない」

段ボールに囲まれていた名前は、なぜか小さい身体を余計に小さくして、
段ボールの中に入って頬を膨らませていた。
俺は持っていたテーブルを置いて、段ボールの蓋を閉じてみた。
おお、ちゃんと納まる。すげえ。なんて、関心もつかの間、
段ボールの蓋はすぐに開いて、名前は眉を吊り上げて怒る。

「何すんの!」
「いや、入るかなって」
「試さないで!」
「そいや、猫も段ボールとか箱入りたがるよな」
「あ、そういう動画見たことある」

懐かしいのか、新しいのか、イマイチ分からない新生活でも、
必要以上に心構えをしなかったのは名前のおかげかもしれない。

一人ではない。いつでも、名前は当たり前のように俺の横に居るから。

***

名前。
そう呼べば、名前はすぐに俺の所に来てくれるし、俺の後ろを追いかけてくれていた。
いつからか、名前は呼んでも諦めて笑うだけで来てくれないし、
俺の後ろを追いかけることもなくなって、少しずつ距離を開いていたんだと思う。

俺にかけがえのない存在のバスケがあるように、名前もきっといつかそういうものを作って、
俺から離れていく。
変わることは怖くないし、必要なことだと思うし、抵抗はない。

でも、変わることで、何かを失うかもしれないって気付いたときに、怖いって思った。嫌だって思った。

「ただいま」
「おかえりっ!」

タツヤとの関係、唯一のバスケへの楽しみ、期待もなくなって、
この頃の俺は完全に…恥ずかしい表現だが、グレていたのだと思う。

つまらない学校を終えて、家に帰る。
そうすると、名前が嬉しそうに俺を出迎えてくれた。

熱があっても、だるくても、絶対に出迎えてくれた。
この頃の俺たちは病的に仲が良くて、べったりしていた。

名前を抱き上げると、名前も俺の首に回して抱きついて、
頬にキスをする。

保護者として叔父さんも居たし、悪い人じゃないし、仲も悪いわけではない。
でも、やっぱり家族とは違う。
名前はどんなにケンカしても、絶対に元に戻れるって思える関係だから、兄妹から、
名前に対して甘えることも、我が儘を言う事も、八つ当たりすることも怖くなかった。

成長痛が酷く酷くて痛みで泣いたときも、名前は傍に居て俺を寝かしつけてくれたし、
翌日酷いクマを作って、名前が打っ倒れた。
名前はどんなに俺がカッコ悪くても、見っとも無くても、笑わずに傍に居てくれる。

きっと周りの奴が思っているよりも、名前は色んなことを考えていて、色んなことを見ている。

「大我!」
「また、黛さんの所かよ」
「もー、拗ねないでよ。ね、一緒にご飯食べよう」

部活が終わって、マンションに着いて、部屋に入ろうとしたときに、
名前と出くわした。
鍵を開けようとしているから、丁度帰って来たんだろう。
財布とケータイと言う身軽な装いを見て、どこに行ったかはだいたい察しが付く。

今年の春、隣に引っ越して来た隣人と名前はとても仲が良い。
こんなに外に出る名前も、こんなに他人に近づこうとする名前も俺は見たことがなかった。

そして、何よりあの隣人の名前を見る目は、他と違う。
子どもを見る目でもないし、微笑ましいと言う目でもない。
過保護とか、そういうのでもない。

ただ、名前を見ている。
名前と言う人間を、変な線引きもなして、俺以上に対等に見ている。
きっと、黛さんが居る場所は俺が居る場よりもずっと近しい場所になる。

名前が、俺以外の所に行く。俺を置いて行く。
何が変わって、失う事が、俺は怖い。

「わあっ、なに」
「…」

相変わらず名前の身体小さくて、頼りない。
俺は、この薄くて頼りない背中に、肩に、胸に、ときには膝に、
頭を預けて、顔を押し付けて、寄りかかて甘えて、泣いて来た。

名前が誰かのものになるって言うことは、こうやって寄りかかっていいのは俺だけじゃなくなる。

「大我」
「…」
「大我はもう一人じゃないでしょ」

誠凛のみんなも、タツヤだって、負けたくない人たちだって、
たくさんたくさん周りに居るから、もうだいじょうぶだよ。

私も、もう一人じゃないよ。
大我よりもペースは遅いかもしれないけど、ちゃんと私のことを見てくれる人たちが居るから。

私たちもう、一人ぼっちじゃないんだよ。

名前の言葉をどう受け止めていいのか分からなかった。
名前の声は全然寂しそうではなくて、むしろ穏やかで、なんだか、そのことがすっげぇ寂しくて、
久々に泣きそうになる。

「でも、別になーんにも変わんないよ。
 だって、私はこれからもずっと大我と双子で、大我の妹であることは変わりなくって、
 大我の妹は私しか居ないし、他の誰も出来ないんだよ。

 大我だって、ずっと私のお兄ちゃんなんだよ」

中学のバスケ部で馴染めなかった時も、楽しめなかったときも、両親の居ない家で一人寝ることが怖かった夜も、
成長痛が痛くて痛くて苦しくて寝れなかったときも、名前は変わらずに俺の頭を撫でて、絶対言うんだ。

「私のお兄ちゃんは強いから、大丈夫だって。

 なんかあったら、私が居るし」

プレッシャーでもなく、期待でもなく、ただの当たり前のことを言うように、
名前は根拠もない癖に、変わらずに俺にその言葉をかける。

「お前が居ても、何とかなんねぇから」
「じゃあ、大我が何とかするしかないね」
「おい」

決まって、俺は呆れた顔をして、名前は気楽に笑って、
結局いつも通りなのだ。

変わっても、変わらないもの。
そんなものを俺も名前も、見つけて探して失って、繰り返してきっと大人になる。
そのときに、互いの隣に居る誰かが、互いではないとはしても。

俺たちは正反対で、どっか似ている、そんな双子で兄妹なのだ。


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