夜久くんの興味
「なぁ、黒尾まだ彼女と続いてんの?」
俺は本当に思い出したときに、こんな風に黒尾に尋ねることが癖になっている。
その度に、黒尾はムカつく顔をして、応えてくれる。
「続いてる」
語尾にハートマークでもついてんのかよ、と言うぐらいぶった声で、応えてくれる。
くっそ、気持ち悪い。
その答えをきく度に、俺が嫌な顔をすると、黒尾はいつもみたいに性格悪そうに小さく笑う。
初めて黒尾に彼女が居ると知ったのは、高校生になったばかりの頃だった。
「はぁ!?お前みたいな性格悪い奴でも彼女できんの…?嘘だろ?」
「…前から思ってたけど、夜久くんって容赦ないよね」
黒尾は遠い目をして、ネクタイを外す。
「なぁ、どんな子?かわいい?美人?」
「あー…んーどちらかと言えば、可愛い系じゃない」
「ほう、可愛い系」
「意外だな、黒尾はバレー一筋って感じだから、居ないと思ってたよ」
海は着替え終わって、制服を畳んでいた。
夜久も着替えなよ、と海に言われて、慌ててネクタイに手をかける。
「頻繁に会ったりしないし、そんな支障ないから」
黒尾はワイシャツのボタンを外しながら、どこか満足そうだった。
「ふぅん、いつから付き合ってんの」
「今年の三月」
「付き合いたてじゃん!デートとかどこ行ったの!」
「花見に一回だけ」
「…お前、春休み何してたんだよ」
黒尾は唖然とする俺の顔を見て、お母さんと同じこと言わないでくれると面倒そうに、げんなりした様子だった。
そんな黒尾を見て、海がフォローするように会話に入る。
「でも、彼女はそれで満足してるんだろ?」
「そ、俺の彼女省エネだからさ」
海の言葉に、黒尾は彼女のことを思い出しているのか、いつも浮かべる笑顔とは百八十度違う、
なんだか、見ているこっちが胸やけしそうなくらい、甘ったるい笑顔を浮かべるので、思わず足が出てしまった。
黒尾の悲鳴に、海が戒めるような眼差しをこちらに送るので、ちゃんと謝ることにした。
「…黒尾すまん」
「謝るなら、蹴らないで欲しいんだけど!?てか何で俺蹴られたの!」
「いや、ムカつく顔してたから」
「俺のお母さんに謝って!」
***
「なぁなぁ、黒尾」
「なになに」
「彼女の写メないの」
「ないです、俺の彼女ちゃんは写真嫌いなんです」
黒尾は靴紐を結び直して、何でもないように、当たり前のように答える。
なんだか、それが羨ましいと思った。
彼女が居ることに浮かれていたときと違って、彼女が居ることが当たり前で、
違和感がなくて、普通の日常を誰かと共有していることが、なんだか羨ましい。
「本当に一枚も?」
「一枚もないです。なに、夜久くんやけに俺の彼女のこと気にするよね」
「えーだって、今まで一回も姿かたちも見たことないじゃん。本当に存在してんの?」
「相変わらず夜久くんは容赦がないネ。今日も元気に俺の彼女ちゃんは学校に行ってます」
黒尾の彼女で知ってることは少しだけ。
中学のときの同級生で、高校は別々で、女子高に通っているらしい。
試合も見に来てるらしいけど、見るだけで、声を掛けることもなく帰ってしまうし、
黒尾も特別客席を気にすることをしないから、女の子を見かけても、誰が黒尾の彼女かは分からない。
「なあ、研磨!」
「……なに、夜久くん」
練習を終えて着替えようと部室に向かう研磨を捕まえれば、研磨はどことなく面倒そうな顔をした。
失礼な奴だ。可愛い後輩だけど。
「研磨は黒尾の彼女会ったことある?」
「……あるけど」
「どんな子だった!?」
「…」
研磨は視線を少し逸らして、思い出すように、しばし考え込んだ。
「…普通の人、…なんか頭が弱そうな感じ」
「こら、研磨」
「クロがそう言ったんじゃん。そういうところが可愛いって」
「……お前の彼女、おバカさんなの?」
「違いますぅ無防備なだけですぅ」
黒尾は研磨の頭をぐりぐりと軽く拳で圧迫しながら、心外とだと言うように、
眉を顰める。
「いたい、やめて…、…あ、名前ちゃんからライン来てる」
頭を振って研磨は黒尾から逃れると、ジャージのポケットからスマホを取り出して、
ぽつりと聞き慣れない名前を呟く。
「名前が?なんて?」
「え、なになに、もしかして、黒尾の彼女の名前?」
「そうダヨ」
研磨のスマホの画面を黒尾が覗こうとすると、研磨は身体を捻って、それを交わす。
黒尾はそんな研磨が気に入らないのか、面白くなさそうな顔をする。
「ちょっと…べつに、クロに用なわけじゃないんだから、やめてよ」
「いいだろ。俺彼氏だし」
「こういうときだけ彼氏面するのやめなよ」
「なんか字面だけだと、研磨が彼女みたいだな」
俺がそう言うと、黒尾と研磨は二人そろって、嫌な顔をした。
「それだけはやめて、絶対ヤダ」
「俺だって、ヤダ」
高二になって、俺はやっと黒尾の彼女の名前を知った。
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