09
ついに作戦結構の当日を迎えた。その日なまえはやけに早起きをして、朝のアイドル科を訪れていた。侵入経路は特別お気に入りのコースを選んだ。音楽科の練習室の通路の脇を通って通用口を抜け、音楽科を後にする。過去は名の通った作曲家たちが生まれたこの夢ノ咲学院音楽科という場所だが今は人がいるか定かではない空の練習室が連なっている。それをなまえはやけにさみしく、そしてつらく思うのだ。
「おっはよ〜!いよいよだね!」
「おはよ、明星」
Trickstarの借りている練習室に顔を出すと、もうすでにメンバーとあんずがそろっていた。ちょっと早起きしたのになと苦笑するとなまえはその輪に近づいた。楽曲の最終チェック、衣装、ライブの段取り。この一週間何度も繰り返してきたことだがそれをやっと人前で披露する時が来たのだ。
「(私は、それをちょっと離れたところからしか見られないけれど)」
なまえは手を胸の前できつく握りしめた。ここまで一つのユニットに関わって、プロデュースのようなことをさせてもらえたのは初めてだった。これがあるべき姿になるように、アイドル達と共に歩める作曲家が、当たり前になるように。これがなまえの目指した夢ノ咲学院の理想の姿なのだ。
「では、ホームルーム前にやっておくか」
「え?なにかやることあったっけ」
「みんなで話してたんだけど、あだなこの後から別行動でしょ?」
「円陣組もうぜ、気合入れるためにもさ」
なまえが驚いている間にも、スバルたちは肩を組みあって円陣を組む。これから革命の第一歩を踏み出すのだ。でも、これはもっと、舞台に立つ前とか、もっと気合を入れる場面の直前にするものじゃ。戸惑っていると早く、とスバルが声をかけてくる。
「(いれて、くれるんだ)」
この輪の中に。
なまえはずっと固く握っていた手を開いて、円陣を開けるように待っていてくれた真とあんずの間に入った。二人の細い肩に触れて、肩に手を回すと真緒と北斗の手が触れた。皆まだ出番は先だというのに、指先は少し冷たくなっていた。なまえが視線を上げるとスバルの深い青い瞳がきらきらと夜空の星のように瞬いていた。
「今日が革命の第一歩だ」
「ここまで頑張ってきたんだもん」
「肩の力抜いて、気楽にやろうぜ」
「よぉし!いっくよ!」
おー!と六人の声が揃う。掛け声としては少し気の抜けたものだったけれど、それがなまえにとっては何より心地よく、学院に入ってから、否それよりもっと前から欲していたものだった。声を合わせると皆円陣を崩して手を合わせていく。絶対うまくいく。そうお互いを勇気付けるように。
ドリフェス。生徒会が開催する正規のライブ対決のことを指す。観客が入れた票によってアイドルが評価され、勝ち負けが決する。対戦に勝利すれば学院の成績として認められ将来が約束される。だが負ければ、劣等生の烙印が押されていく。その権力の中枢が生徒会であり、生徒たちは生徒会に属するユニットに投票する。いわゆる八百長が横行している。生徒会主体のドリフェスでは成績順に演目が行われる。生徒会のユニットがおのずと先攻となり、そのあとの演目を行うユニットは見向きもされない。それが今の夢ノ咲の現実だった。
その権力構造を、このライブでひっくり返す。それが北斗たちTrickstarの目的であり、零たちと同調して立てた作戦であった。
晃牙は久しぶりに袖を通すユニット衣装に少し興奮していた。アイドルとして歌うことを好んでいた晃牙はなかなかライブできない現状に不満を抱いていた。であるからこそ参加した龍王戦だったが、それも生徒会によって歌いきる前に強制終了させられてしまった。彼のうっ憤はたまる一方。だがようやく発散できるいい機会に恵まれた。
「そういえばみょうじはライブ会場にいるそうだな」
「あーそんなことも言ってたな」
少し頭の端から抜けていたことをアドニスの口から聞いて晃牙はふと思い出した。プロデュース科でもないなまえは袖で彼らのライブを見ることは叶わない。むしろ規定外のアイドルとの接触をしていることを糾弾されかねない。表向きは学院の楽曲提供システムを使って彼らに曲提供をした、顔も知らない作曲家とアイドル、ということになっている。それもあってドリフェス中は観客の先導や、様子見、と言った観客に紛れて作戦の補助をすることになっていた。
「ほんと?じゃあ俺も気合入れちゃおっかな」
「なんでてめ〜が乗り気なんだよ」
「それにご褒美も待ってるしね〜」
アドニスの言葉を聞いた薫は鼻歌を歌いながらブーツのつま先で床を小突いた。
やけに乗り気な先輩を横目に、最初から現場にいる、と聞いたなまえのことを思い出す。軽音部で初めて会ってから、UNDEADの楽曲は聞かせたこともあったが、生のライブを見せるのはこれがおそらく初めてだろう。だったら、とジャケットを着こんで襟を正す。
「震撼させてやろうぜ、Trickstarのことなんて忘れさせてやんよ」
零はそんな気合の入った晃牙の様子を見て苦笑する。もちろん主役を食ってかかる勢いで生徒会のユニット戦わなくてはならない。UNDEADの役目は出来る限り敵の勢いを削ぐこと。だがあくまで自分たちUNDEADや、双子たちは前座であり、今回の主役はTrickstarである。
「(それをわかっておるのかの)」
零はいつも以上に勝気な表情を見せる晃牙を見る。切磋琢磨して、お互いの士気を上げる。晃牙となまえはそんな不思議な関係。ともすればライバルと言ってもいいかもしれない。出会うべくして零たちと出会った彼女だった。だがそれが今まで以上に晃牙達にいい影響を与えているのは目に見えていた。
「育っていく芽を見るのはたまらんの」
「何か言ったか、朔間先輩」
「いいや、大きくなるのじゃぞ、若人よ」
零は目を閉じて育っていく夢ノ咲の、自分のいとし子たちに思いを馳せた。椅子に置いていた帽子を手に取ると、目深にかぶりさて、と部屋に集まった三人の姿を赤い瞳でとらえた。
「始めよう、夜闇の眷属たちよ
革命の幕を切って落とそうぞ!」